第1話 運命られた出会い

「あの女は何処に行った!必ず探し出せ!必ずだ!」

「フェンリル大佐!ご報告です。第1目標であるオシウス街のマフィアは壊滅。団員も全て捕縛致しました。マフィア側の被害およそ250、死者はおよそ90。こちらの被害は54、死者は3名。なお住宅への被害は最小限に収まりまっております。」

「報告ご苦労。で、奴は?」

「はっ!た、ただいま、捜索中であります。」

「くそ、何処へ消えた…全部隊に報告!オシウス街を完全に封鎖しろ!奴は殺害の許可も得ている!見つけ次第殺害せよ!」

「はっ!全部隊急げ!」


夕日が差し込む美しい街並み、綺麗に整ったレンガ造りの住宅街。普段は観光客も賑わう街が騒然としている。軍服を着て1m程の杖を携えた何百もの魔法兵団が取り逃した女を探しながら退避の遅れた民間人に声をかけて回る。


「まだ残っている民間人は直ちに退避せよ!繰り返す。民間人は直ちに退避せよ!尚、金色の髪の女の目撃情報があれば直ちに報告せよ!」



騒がしく人々が逃げ惑う中、魔法兵団の目をかいくぐりながらマフィアの残党もまた金色の髪の女を探していた。


「リンの兄貴、さすがに女を探す前にそろそろ隠れた方がよくありませんか?約定があるとはいえこの魔法兵団の数はマズいですって!」

「くそ、交渉を有利にするために軍より先にこちらが殺せとの命令だったが…あの女に魔封じの腕輪がついてる今しかないと言うのに。」


軍もマフィアも民間人も、この街にいる全ての人がたった1人の女を血眼になって探していた。そろそろ日も落ちてくる。ただそれより先にこのままでは必ず見つかってしまう。路地裏に隠れていた女はあたりを見渡し人がいないのを確認すると大通りに向けて走り出す。

これほど探していないのだからと皆が路地裏を探し始めたのを確認し、逆に皆が警戒しない大通りに出て中央突破するしかない。日も落ちて幸運なことに雨も降り始めた。闇夜に紛れるように黒いローブをかぶり足音は雨音が消してくれる。


「んー?なにかいねぇ?」

「どうしたぁ?ばあさん?」

「いやぁ、あの人避難所とは逆に走って行ったからねぇ。」

「家に何か忘れ物でもしたんじゃないかねぇ?それよりばあさん、もうすぐ避難所だぁ。」


木を隠すには森の中。軍と民間人が入り乱れた大通りは案外見つからずに済む。北門の出口は目の前。このまま突っ切って北の帝都グランドルに入れれば時間も稼げる。そう思い気が緩んだのか慌てていたのか、走る速度が上がっていた事に気づかなかった。


「おい、お前!ちょっと止まれ!」


1人の軍人に気づかれた。女は走るのをやめてピタリと止まる。軍人が杖を構えて女にゆっくりと近づく。


「お前、一応確認だ。ローブを脱ぎ顔を見せろ。」

「こ、怖いわ、そんな杖を構えて脅すみたいな事。民間人に杖を向けるのは良くないわよ?」

「お前が民間人であればな。ローブを取れ!」

「嫌だと言ったら?」

「民間人であろうと殺害の許可が降りている。」

「この国の兵隊さんはマフィアより怖いこと言うのね。」


女はローブをゆっくりと取ると、腰まであるであろうか、綺麗な金色の髪が軍人の目に止まる。


「やはり貴様か!ファイアアロー!」


軍人の持つ杖から炎の矢が出現して女に襲いかかるが女はまったく動じない。炎の矢は女の目の前で止まり消滅した。


「自動魔法障壁か!くそ、フェンリル大佐に応援要請を…」


そう言いかけた瞬間、軍人の首が地面に転がり赤い雨を降らせる。血の雨を浴びながら女は微笑む。


「ごめんなさいね、あなたじゃ大分力不足みたい。」


軍人の胴体がドサッと倒れるのと同時に女は北門に走り出す。ゴールは目の前。残り50メートルという所で路地から出てきた牛飼いのおじいさんにぶつかる。おじいさんはその場に倒れて尻もちを着く。


「あ、おじいちゃんごめんなさい。大丈夫?」

「あぁ、ワシわ大丈夫じゃ。それよりも早くあなたも避難所に行きなされ。ここら辺にまだ凶悪な指名手配犯がいるらしい。」

「おじいちゃん、ありがとね!私は大丈夫だからおじいちゃんこそ早く…あぁ、ゆっくりで大丈夫だと思うから避難所に向かいなね!」


女はおじいさんを起こして先に進もうとした刹那。途端に周りの空気が重たくのしかかる。どんよりと、時が止まっているかのような感覚。雨音は消え雨粒は停止し、後ろのおじいさんに目をやると避難所の方を見ながら止まっている。ゆっくりと顔を前に戻した時。おじいさんの牛がこちらを見つめているのに気がついた。牛は数秒女を見つめるといきなりニヤリと口角を上げた。



「《西のヨルガンの森…焼け落ちた教会… 少年を助け…貴女を助け…世界を変える》」



ふと我に返ると雨音と共に牛の苦しみ悶える鳴き声が響き渡る。牛はその場に倒れ込み口から泡を吹きながら絶命した。


「あぁ、なんということだ!わしの牛が!さっきまで元気じゃったのに…」

「おじいちゃんごめん、私、先いくね!」


牛を抱き抱えながら座り込み嘆くおじいさんをその場に後にする。最悪だ。このタイミングで希少な魔物に出会すとは。ただあの大きさまで生きているとは余程重要な事なのか?

それよりも奴はなんと言った?西のヨルガンの森?北の帝都グランドルではダメなのか?


「あの魔物は確かくだんだな。確定した未来を告げると聞くけど、ヨルガンの森ならとりあえず死なないって事なの?あと…キモイわァ!こっち見て笑うなし!牛が!ニヤってするなし!」


余りにも珍しい物に遭遇して、あとちょっとびっくりするくらいのキモさに慌てる女だったがふとある事に気づく。北門には人の気配がないが何かおかしい。女は目をつむり北門に集中する。


「魔力察知…」


静かにそうつぶやくが魔力の気配がない。がやはりなにか気持ちが悪い。周りには魔力の気配を感じるが北門だけまったく気配がない。さらに意識を北門だけに集中する。


「狭角魔力察知…」


やはりそうだ。北門に魔力察知を無効化する上位魔法が施された何者かがざっと数百は確認できた。民間人な訳もなく、しかもおそらくこの数は別働隊ではなく本隊。


「待ち伏せか、あの牛がいなかったら間違いなく捕まっていたわね。」


女は北門への逃走を諦め西のヨルガンの森へと方向を変更する。しかしヨルガンの森は1つの賭けだ。上位魔獣が闊歩していて民兵ですら立ち入り禁止になっている森だ。しかしもう猶予がない。一か八かの賭けで闇夜に紛れて女は森へ入っていった。




女が森に入っていってもう4時間くらい経過しただろうか。夜の森は当たり前だが明かりもなく、雨のせいで月明かりもない。さすがにずっと雨ざらして体温も低下してきた。黒いローブには魔力察知軽減魔法が付与されているため運良く魔獣に遭遇せずにここまで来れたがさすがに眠くなってきた。ただ雨ざらしで体力を奪われさらに森の中で寝るなど魔獣に食べてくださいと言っているようなもの。

休める場所などどこにもなく仕方ないので歩くという負のスパイラル。


「あぁ、眠い!もう寝ちゃおっかなぁ…せっかくここまで来たけどもう食べられちゃおっかなぁ。ってエサはいや!せめて1度でもイケメンに食べられてからが良かったなぁ…最初が魔獣に、しかもリアルにかぁ、まぁ魔獣にリアルじゃない方で食べられるのも嫌か!あぁー!もぅ!」


1人でブツブツと頭を掻きむしりながら話しているその時、森の中なのに30メートルくらい先から青白い光が見えた。あまりの明るさに一瞬肉眼で魔獣が数体見えた程のあかりだった。


「てかこんな近くに魔獣いたのかよ!あぶねぇー!魔力察知切るんじゃなかったわ!」


魔力察知を使うと多少魔力が漏れて自分の位置も把握される恐れがあるので自動魔力察知を切ってしまっていたが非常に危ないところだった。肉眼で確認した魔獣はあまりの明るさに目を閉ざしている。今のうちに光の方向へ走り出した。


「こんな所に教会?焼け落ちてるけど所々屋根は残ってる。半壊程度って所かな?けど雨風は防げそう。」


女は半壊した教会に入る前に念の為魔力察知を行った。魔獣がねぐらにしている可能性もあるからだ。しかし何も感じない。教会の周りには数匹中型の魔獣がいるのを確認したが中には何もいないらしい。しかし先程の光は余りにも怪しい。さらに集中をして教会に向けて狭角魔力察知を行ったが反応はなし。


「よし!やっと屋根付きの場所で寝れるわ。もうローブもいらないわね!」


教会の中は半壊した外見とは違い、かろうじて教会の原型は留めていた。教会の奥には3メートル程の女神の像が立っていた。建物は半壊しているが女神の像だけは綺麗な形を留めている。


「綺麗な女神様ねぇ、女神様はこの汚れた私でも助けてくれるのかしら?」


そう呟きながら女神像の元へ近づくが、女神像の下で何かが動くのを感じた。女はとっさに身構えて、天井へ向けて光を放った。


「エターナルライト!そこにいるのは誰?何者かが答えなさい!返答によっては民間人であっても殺害します!」


天高く放たれた光が教会内を照らす。女神像のその下。そこにはロングコートを身にまとった少年がいた。少年は女を見ても臆することなく、どこか夢でも見ているかのような目付きでじっと女を見つめながら口を開いた。



「えぇっと、すっごい綺麗な金髪ですね!

ギャルモデルさん、ですか?映画の撮影とかですか?」

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