だから私達は

「いやあ、まさかまた会えるなんてね」


 彼女は照れくさそうに腕を組んだ。


「幽霊ってほんとにいたんだね」


「分かんないよ、もしかしたら私達ゾンビなのかも」


「なら皆もじきに目覚めるのかな」


「いや、目覚めない方がいいよ」


「……それは?」


「どっちも、だよ」


 杏寿は縄に手をかけ、懸垂の要領で身体を持ち上げた。縄から頭を引っ張り出して、床にすとんと降り立った。


「皆は綺麗なまま死ねたし、私達は最後に少しだけ一緒にいられる。万々歳じゃん」


 私もそれを真似して床に降りた。二人で窓際へ歩くと、もうすぐそこにまでそれは迫っていた。


「そもそも何で地球終わるんだっけ、隕石?」


「あれは月だよ。地球の引力に引き寄せられてるの」


 私も全容を把握しているわけではない。科学的見地は難しすぎて理解出来なかった。

 ただ分かったことは、人類はという事だ。枯渇した石油を補うため、無理やりマントル付近まで掘り進めてしまった。石油はプランクトンの死骸から出来るとも、マントルから湧き上がるとも言われている。誰かさんは後者に賭けたのだろう。

 結果、地球は何者かの侵入に驚いたのか、過剰な活動を始めた。恐らく失われた分だけ取り返そうと全力疾走したのだろう。結果、多発する地震と天候の乱れ、そして引力の増加が発生した。

 月と地球は徐々にその距離を縮めているとは言われていたが、実際に手を繋げる距離にまで迫るのは遥か彼方の未来だ。なのにせいで、百億年かかる蜜月が一年に縮んだ。


 まあ言うまでもなく文明はめちゃくちゃになったし、あと一年で卒業という素敵な学生生活はおじゃんになった。

 学校はおろかあらゆる施設が消え去り、滅びゆくまでの一年を皆好き勝手に生きていた。私達のようなイケイケのJKはそんな世紀末において性犯罪の対象となり得るが、我がクラスにはカビゴンと呼ばれ尊敬されている最強のJKがいた。

 身長百八十センチ、体重百キロ。そこらの男を片手で藻屑に出来る彼女は、自ら名乗り出て外出時のボディーガードを買って出た。だから私達は何一つ汚されずに済んだ。


 めちゃくちゃになった世界の中で、私達は好きに生きた。そして綺麗なまま死のうと決めた。

 皆は安らかに逝けただろうし、私達二人は天国へ逝くその手前で、ほんの少しの延長戦アディショナル・タイムを貰えた。

 これで良いんだ。地球が滅ぶその瞬間を二人で見届けて、そうしてみんなで天国に行こう。


「ねえ、若葉」


 月はもう大地に触れようとしていた。CGかと思うほど大きくて、笑っちゃうほど非現実的な光景だ。


「なに、杏寿」


 私達は校舎の窓からそれを眺めて、肩を寄せ合う。


「月が綺麗ですね」


「ええ、まったく」


 ごっ、と地鳴りがして、地平線が光りに包まれた。がらがらと崩れていく大地がこちらにまで迫りくる。

 立っていられないくらいの地震が起きているはずなのに、私達はぴくりともたじろぐ事なくそれを見つめている。

 残された二十六の首吊り死体はゆらゆらと揺れ、壁にヒビが走る。

 ああ、やっぱりこれは全部夢だったのかな。私の願望が生んだ、死ぬ間際の夢。それでも良いか、別に。

 二十六の死体と共に、私達は宙に投げ出された。校舎は粉々に砕け散り、私達もまた塵と化す。その刹那、杏寿は私をぎゅっと抱き寄せた。

やっぱりぬくもりも感触も味わえなかったけれど、夢でも現実でも、どちらでも良かった。

 だって、貴方と死ねるのだから。

 唇と唇が触れようとする瞬間、光とも闇とも言えぬ何かが視界を覆い、そうして私達二十八人が選んだ逃避行は完全に幕を閉じた。

 

 ――その後どうなったか?

 そんなの私も知らないよ。

 だって死んだし。

 天国かな、ここ。

 まあ何でもいいや。杏寿とみんなを探さないと。

 それじゃあね。ああ、それと。

 おやすみ、地球さん。

 さよなら、地球さん。

 もう会う事は無いでしょう。

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さよなら花鳥風月 宮葉 @mf_3tent

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