だから私は

 ――ニ〇ニ五年一月五日。「逝こう」の語呂合わせが出来るその日に、私達は全員同時に椅子を蹴った。

 まず一月一日に玄関口の扉を破壊し、律儀に靴箱を使い、飛び散ったガラスを掃除し、いつもの教室へと乗り込んだ。

 好き好きに持ってきた工具を使って内壁を破壊し、鉄骨をむき出しにした。わーきゃー言いながらの作業は本当に楽しかった。

 誰もいないホームセンターに忍び込み、長いながい縄をかっぱらって来た子には皆がルパン三世と呼び崇め、どのくらいの長さがいいだろう、なんてワクワクしながら人数分の輪っかを作った。


 風鈴、あるいはてるてる坊主のようにずらりとぶら下がるそれを作り上げると、私達は残された数日を朝から晩まで遊び尽くした。

 校舎全体を使ってガチの鬼ごっこをしたり、トランプに興じたり、火災報知器を片っ端から押して回ったり、鎮火用のホースを校庭に引っ張って水をばら撒いたり。

 ありとあらゆるワルいことを散々やり尽くして、そうして一月五日はやってきた。


「何かやり残したことない?」


 誰かが問いかけると、


「ヒュー・ジャックマンに抱かれたかった!」


 誰かが叫んでみんな笑った。

 そうするとタガが外れたみたいに次々叫びだす。


「好きな子に告白したかった」


「『ローマの休日』をもっかい見たい」


「フランス行きたい」


「銀行こじ開けて札束にダイブしたい」


「石油王になりたい」


 みんな真剣な、あるいは適当な事を叫んで、そのたび笑いあった。

 首に縄を通して、椅子の上に立っていても、誰も泣いていなかった。泣いてはいけないとみんな分かっていた。

 だから皆で笑った。あと七十年くらいあるはずだった人生の、その全部の笑顔を使い切ってやろうと、みんな必死に笑いあった。


 事前に決めていた決行時刻は、午後四時十五分。終業の時間だ。皆で下校する時間に、現世からの下校をしよう。徹頭徹尾、冗談みたいな決め方だった。

 予めチャイムが鳴るようにしていたから、その時間になると聞き慣れた音が響き渡った。

 鳴り終わったら、せーので椅子を蹴る。だからこのチャイムが永遠に鳴り止まなければいいな、なんてこっそり祈っていた。

 その時、隣にいた杏寿が私の手を握った。


「好きな子に告白したかった」


 あのとき叫んでいたのは彼女だったのか。好きな子って誰、と聞こうとしたけれど、チャイムの音が大きすぎて私の声量では届かないと悟った。

 でも、彼女は笑って続けた。


「でも、今叶った」


 チャイムが鳴り終わり、クラスの代表が行くよ、と声を上げた。みんな同時に、せーの! と声を上げ、椅子を蹴り倒した。

 身体が宙を浮き、重力によってまた落とされ、縄が頚椎を圧迫し、気道が押しつぶされ、意識が飛ぶまでにはおよそ十秒かかる。

 短いようで、永遠とも思える地獄の連鎖。教室中に嗚咽が響く。それでも彼女は私の手をぎゅっと握り締めて離さなかった。

 だから私も、その想いに答えることにした。


「私もだよ」


 そうして意識が途絶えた。はずだった。

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