さよなら花鳥風月

宮葉

だから二十八人は

 大人になるって、多分ブランコに乗らなくなる事だと思う。楽しさを追い求めなくなる事だと思う。心に蓋を、あるいは薄布を巻いて、嘘で血肉を枯れさせる事だと思う。

 だから大人なんてクソ喰らえと思っていた。このまま十代の堕落した日々を咀嚼し続けたかった。その願いは半分叶って、だから全てが台無しになった。

 まあ、いいか。私は長い時間眠っていた気がする。けれど誰かに太ももを蹴られている気がして、流石にそんな事されて悠長に眠るほど質のいい寝方も出来ていなくて、私は目を開いた。


「おはよう若葉わかば


 それは杏寿あんじゅだった。それ、と表現したのは、杏寿がもうこの世にいないものだと信じていたからだ。

 本人がブルーハワイだと言い張っていた蒼い髪は、生前と変わらずワイルドなショートヘアを美しく仕立て上げている。不良ではない。ただ奇抜で芸術に振り切った生き方を愛しているだけだ。私のような、おっかなびっくりな平凡極まりない黒髪とは違って。


「いま何時?」


 口をついたのはそれだった。何時かなんてあんまり意味もない気がするけれど。


「いやいや、こんな格好でそれはないでしょ」


 ぶらんぶらん。杏寿は身体を揺らしてけらけら笑う。その度ぎしぎしと軋む音がする。それは天井から吊るされていて、ああ内壁を壊す作業は面白かったな、なんて思い出に耽る。

 私もまた、首に縄が絡んだままだ。


「あれかな、私達だけ失敗した?」


 ぶらんぶらん。


「そんな事無いでしょ、ちゃんと吊れたんだし」


 ぶらんぶらん。


「でも生きてるじゃん」


 ぶらんぶらん。

 

「体温無ければ死んでるよ、たぶん」


 ぶらん。勢いをつけて、私達は手を伸ばしあった。絡め取った指先からは、何も感じない。体温も、手触りも、何もなかった。


「やっぱ死んでるよね」


「じゃあ幽霊とか、もうすでに死後の世界とか」


「でも実体あるし、ここ教室じゃん」


 確かにそうだ。私達は制服のままだし、ここは教室だし、内壁を引っ剥がして鉄骨に人数分くくりつけ、同時に逝った二十八人の首吊り死体がちゃんとある。


「伊月ぃ、海歌うみかぁ、おーい誰か」


 杏寿の足先はぐわんぐわんと弧を描いて、さながらメリーゴーランドのように自らの死体を玩んでいる。

 しかし、誰も返事はなく、全員項垂れて吊るされている。


「どうしよ。幽霊だったとしても、あんなん体験したくないんだけど」


 ニ〇ニ五年二月五日が「その時」だと言われていた。ニコニコという愉快な語呂合わせからは想像もつかない悲劇が訪れる、あるいは降り注ぐ日。人間って馬鹿だよねとしか言えない。

 つまるところ私達は完全なる被害者で、誰からも責められる謂れなどなかった。ごくごく普通の三年一組で、ミジメなイジメも逃避行な不登校もいない、本当に健全なクラスだった。

 。それが皆にとっての一番幸せな結末だった。

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