「離した手…」
低迷アクション
第1話
“T”達の仕事である“ゴミ収集”の中で、最も厄介なステーション(ゴミ出し所)の
一つがようやく片付いた。住宅地にある“それ”は私道でないにも関わらず、長い枝が所有者宅の塀から突き出し、非常に迷惑な桜の木…春先には良い景観でも、仕事の上では運転の妨げになり、周辺住民からも苦情が出ていた。
だから、家主が無くなり、木を伐り取った業者が処理施設に持っていく手間を惜しみ、
ステーションに出した枝や木の回収を頼まれた時も、快く引き受けた。
その収集日の事である。Tは車から降りると、手際よく収集車の搬入口に一般ゴミや、枝と木片を上手に混ぜて押し込んでいった。
ポッカリと大口を開ける搬入口の中で、回転パネルは順調な駆動音を響かせ、ゴミに枝を引き潰す。新人の頃は、これに手を挟まれそうになった事もある。それも、今では随分と慣れた。機械的に作業を行う中で、不意に自身の手が引っ張られる感触を感じた。
驚き、走らせた視線は、回転パネルによって押し込まれるゴミの中から伸びた蔓が、自分の手に絡まっている光景を捉えた。
「初めは驚きもしなかった。時々、こーゆう事あるし…勿論、外そうとしたよ?
でも、外れない。まるで、何かの意思があるみたいに力強くて引き千切れなかった。
マジ焦ったよ」
彼はゆっくりと搬入口に体が引っ張られていくのを感じながら、慌てて3つある緊急停止スイッチを押そうとする。しかし、どれにも手が届かない。大声を上げ、運転席の同僚を呼ぶと同時に、鉄の回転パネルが蔓を完全に巻き込み、それに仰け反ったTの頭が搬入口に入った。
恐怖に総毛だつ全身が、頭を外に引き戻す動きに力を入れ、ようやく蔓から自身の手を離し、そのまま地面に尻もちをついた。
停止スイッチを押した同僚が後に語ってくれた所によれば、蔓は、解体した木の根っこから伸びていたとの事だった。
「まるで、ホラー映画だ。切られた木が、道連れに俺を引きずり込もうとしたなんてな。全く……いや、あれは違う。道連れとか恨んでるって感じじゃない。
あれは…そうだ。助けを求めてた。多分、燃やされたくない、死にたくないって…可笑しいな、可笑しいよな…俺…でも…」
そう喋るTは言葉を詰まらせる。彼は震災被災者対象の採用で、この職に就いた。出身地は津波にやられた。9年経った今でも、あの日の事は決して語らない。
彼は、最後に泣き笑いのような顔で、こう呟いた。
「また、手を離しちまった」…(終)
「離した手…」 低迷アクション @0516001a
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