27.Escort Fleet―2
「『D-2』の雷撃を検知! 彗雷は本艦後方へ航走しつつアリ!」
「〈なこまる〉狙いか!? 任せろ! 木ッ端微塵にしてやる!」
「バリアー・ジェネレーター、負荷八七パーセントに上昇! リソース予備を全投入! 艦長、慣性中和装置分リソース投入準備の許可願います!」
「許可する」
「『D-1』転舵! RCS反応強度変わらず。『D-1』は本艦への主砲砲戦を継続する模様!」
艦橋内で、要員たちの声がひっきりなしに飛び交っている。
ついに敵艦が直接視認可能な距離にまで迫った――中長距離戦用兵器の彗雷から互いに搭載砲による砲打撃戦が可能な距離となったのだ。
〈くろはえ〉、そして、敵駆逐艦二隻は、双方ともに
そして、もちろんその戦いは、隻数的にも機動防御的にも〈くろはえ〉の側が圧倒的に不利だった。
なんとか対抗できているのは、事前の準備が功を奏していたからだ。
敵が標的として狙うのはあくまで輸送船であり、しかし、その輸送船は、敵艦側から見れば〈くろはえ〉の背後に隠れて直接攻撃をくわえる事はできない。
自艦だけを護るための回避機動はおこなえないが、逆に敵からうける攻撃の方向を絞ることは可能だ。
高橋少佐は、それを見越して射角、0-0-0、予調尺ナシ――自艦前方、直近位置であっても炸裂可とした彗雷を放った。
彗雷が弾頭を炸裂させるトリガーは、彗雷先端部のシーカーが敵影を捉えること。
すなわち、自艦の前方に一種、露払い、護衛機を先行させているのにも似た環境を作りあげていたのである。
もちろん、それだけであれば、敵にとって必ずしも大なる脅威となるとは限らない。
だから、高橋少佐が、にもかかわらず彗雷射出に踏み切ったのは、副長の宮園中尉が提案してきた逆転の発想とも言うべきアイデアに可能性を見いだしたからだった。
改装工事による不具合のため、彗雷がまっすぐには飛ばなくなった。
彗雷と、それを射出する発射管、また管制プログラムはワンセット。
絶対の筈の大前提が、戦局の激化に工廠が疲弊し、崩れてしまった。
であれば――と、宮園中尉は言ったのだ。
まっすぐに飛ばない――極端に言うなら、でんぐり返って飛ぶのだとしても、それは彗雷本体が加速をおこなう終末誘導段階のこと。
彗雷そのものの初期加速をおこなうのは発射母艦の発射管だから、予測される敵の未来位置――交叉軌道ではなく近傍域に、弾頭爆散条件を故意にあまくした状態で彗雷を送り込んだらどうなるだろうか。
軌道が逸れたと判断し、存在を無視した彗雷から、予想外にも爆散断片を浴びせかけられ、損傷する――敵艦にダメージを与えることが出来るのではないか……?
うまくいく可能性は低い。
しかし、やってみる価値はある――高橋少佐は、そう判断したのだ。
物理的なダメージは与えられなくとも、心理的なダメージ――本来、無用なはずの警戒を敵に強いることくらいは出来るだろう、と。
〈くろはえ〉が発射可能な雷数は六。
数が限られる以上、戦果を期待するためには敵をじゅうぶんに引きつける必要がある。
対応行動をとるための時間をあらかじめ奪っておき、〈なこまる〉が再遷移可能となるまでの時間を稼がねばならない。
艦内の照明が、また、その輝度を落とした。
ほとんど停電と紛うパワーダウン。
敵の駆逐艦――『D-1』、『D-2』と符丁区分した二隻は、一隻が進路をやや迂回気味に変え、〈くろはえ〉が背後にかばう〈なこまる〉を直接狙う位置につこうとしている。
そして、もう一隻は、〈なこまる〉に先行する〈くろはえ〉を撃破することで、その爆散被害域に〈なこまる〉を突っ込ませ、もって二隻をまとめて始末しようとしていた。
防御のための回避機動をおこなえない〈くろはえ〉は、その結果、ほぼ一方的に撃たれっぱなしとなって、バリアー・ジェネレーターが得られる限りのリソースを艦内のすべてから
(まだか……?)
高橋少佐は、カウントダウン・タイマーに目をやった。
一分一秒の経過を異様に遅く感じる。
(このままでは……)
やられる――そう覚悟を決めかけた時だった。
戦術ディスプレイの表示に変化があった。
〈くろはえ〉よりもやや斜め前――なにも存在しないはずの虚空におおきな熱反応が生じていた。
爆発――それも対消滅反応レベルの爆発だ。
「――!?」
突然の変事に驚くと同時に、答を思いついていた。
(敵がはなっていた彗雷断片が、〈なこまる〉防備用に浮かべておいた彗雷に命中したんだ)
自艦の噴射炎でくるみこんでいると言っても、完全に回り込まれてしまってはどうしようもない。用心として、外周防備に彗雷を併走させていたのだが、流れ弾がそれに当たったらしい。
「『D-2』、RCS反応強度に変化アリ! 転舵、回避機動実行中と思われる!」
「了解! 射撃可能高角砲全群を指向! 射撃開始する!」
砲雷長が吠える。
そして、多分はそれがこの戦闘の境界線だった。
反射的――つい、そうしてしまったという感じで体勢をくずした僚艦の援護をしようと思ったか、
至近、とまではいかないが、それでも自艦の近傍でおこった爆発――彗雷の爆散に、敵駆逐艦は、今度はハッキリ転舵した。
(よし……ッ!)
そう大して時をおかず、こちらにも襲来してきた彗雷の爆散断片に、艦橋内を真っ暗闇とされながら、高橋少佐は思わず拳を握りしめていた。
ふたたび見つめたカウントダウン・タイマーは、ほぼ刻限。
「機関長、主機停止! 艦位変更、横スラスト全開とセヨ! 航法長、艦体スライド!
チャンス!――そう見て取って、新たな指示を矢継ぎ早にとばす。
部下たちの次には、〈なこまる〉を呼び出した。
「こちらは〈くろはえ〉。 〈なこまる〉、再遷移は可能か?」
回線がつながると同時に問いかける。
「大丈夫だ。準備はできてる」
〈なこまる〉の船長のこたえにホッとした。
「では、ただちに遷移、願いたい。そのための時間は稼いだ。今がチャンスだ。貴船の遷移完了を確認の後、こちらもすぐに後を追う。
なんとか敵の体勢は崩した――わずかな隙はつくれたが、すぐにも立ち直るのに違いない。
内心にそんな焦りがあるためか、知らずまくし立てるような口調になっていた。
「あ、ああ。すぐに遷移する」
高橋少佐の様子に、すこし目をまるくはしたものの、〈なこまる〉の船長は、そう言ってうなずく。
そして、回線を切る直前に、
「本船、ならびに本船乗員を護ってくれて感謝する。むこうで会おう」
軍人ではないにもかかわらず、見事な敬礼を画面の向こう側から送ってきたのだった。
「どういたしまして」
真っ暗になった画面に高橋少佐はつぶやいて返す。
これが自分たちの仕事だし、
『宇宙戦争/撃沈戦記』 第一話/駆逐艦〈くろはえ〉 幸塚良寛 @dabbler
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