26.Escort Fleet―1

「敵駆逐艦群の彗雷射出を確認! 雷数八!」

 船務長の声が響きわたる。

〈くろはえ〉、そして後続する〈なこまる〉を狙って敵駆逐艦二隻が放った彗雷の総数、八。

 二隻分で八発であるから、一隻あたりの射出数は四。

 一隻六門の射出装置をそなえる大倭皇国連邦宇宙軍の駆逐艦からすると、〈USSR〉宇宙軍の駆逐艦は雷撃力に劣る。

 しかし、それでも、ただ一隻の駆逐艦を攻撃するには十分すぎる数であり、かつ〈USSR〉宇宙軍の駆逐艦が主兵装とする火砲での決着を目論んでいる――〈くろはえ〉、〈なこまる〉の足止めが目的であるなら、それは過剰なほどだった。

「船務長、バリアー展張状態報告!」

 高橋少佐が切り返す。

「バリアー展張、ジェネレーター負荷は時規定値を維持! ジェネレーター動作状況は健常! バリアー展張モードは、『硬』、『狭』、『連続』!――以上!」

「了解! 砲雷長!」

 船務長にうなずいて見せると、高橋少佐は次の部下を指名した。

「アイマム! 発射管室、宮園副長。こちらは砲雷長!」

「砲雷長。こちらは発射管室、宮園中尉!」

 途端、水を得た魚のように、砲雷長は発射管室を呼び出した。

 主戦兵器たる彗雷の射出準備状況を確認するためだ。

 指示のすべてを口にしなくとも、上官の意図を完全に把握した反応だった。

 そして、もちろん、と言うか、依然、発射管室に張りついたままの宮園中尉も、これまでと同様、間髪いれずに応答してくる。

 砲雷長が、肉食獣の笑みでにんまり笑った。

「雷撃開始! 雷撃開始! 彗雷射撃調定は先に艦長より通達まま! 射出後、ただちに次発装填! 次発予定彗雷調定は、射角、0-0-0! 予調尺ナシ! シーカー感度プラスにて撃発設定! 準備完了までの所要時間知ラセ!――以上!」

「雷撃諸元了解。雷撃はただちに開始。次発装填は初弾射出の後、所要時間、二分! 雷撃諸元調定は完了済ミ!――以上」

「……さッすが……!」

 発射管室とのやり取りを終え、砲雷長が感嘆をこめ、ちいさく唸った。

 即席であっても副長は副長。

 いま為すべきこと。次に要求されるだろう事を把握し、既に行動にうつしていた事実にあらためて感服したのだった。

 と、

 そこで、警鳴音が、ヴーーッ! ヴーーッ! と室内の空気を暴力的にどよもす。

「敵彗雷、反応に赤外線強度の変化を検知! 反応ピーク時間、強度レベルにより爆散と判定! 観測数、八! 全弾、爆散したと思われる! 爆散断片群の本艦との軌道交叉時刻は三時間後と予測!――以上!」

 その報告に、艦橋内部の空気がスッと冷たくなった。

 命中するとは限らない。

 自衛準備もできている。

 しかし、それでも怖い。

 なまじ三時間という『待ち時間』があるだけに、余計にこわく感じてしまうのだ。

「船務長! 〈なこまる〉の現状知らせ!」

 沈滞した空気を裂くように、高橋少佐が問いかける。

「〈なこまる〉、航行状況に異常ナシ! 観測可能範囲において、熱異常は確認されず!――以上!」

 一瞬、ピクッと身体を強張らせた後、船務長は即座に応答をかえした。

〈くろはえ〉の真後ろ――噴射炎を頭からかぶる位置を航行している〈なこまる〉に、しかし、指定位置からの逸脱はなく、防護不十分から生じた対消滅反応は観測されないと、そう告げた。

 ここまでは想定の範囲内で事は推移している。

 高橋少佐と船務長のやりとりを横で聞いていた他の要員たちは、それで気を取り直し、各々がまかされてある任務に注意をもどした。

 そして、時間は経過する。


スプリンター64、破砕射撃命中。蒸発を確認。つづけてスプリンター81……」

 明るさの度合を波打つように変える部屋のなか、ブツブツ呟くような砲雷長の声が通奏低音めいてずっと流れている。

 敵駆逐艦二隻が放った彗雷――その断片群が、しゅううのように〈くろはえ〉に襲いかかっているのだ。

〈くろはえ〉は後ろに〈なこまる〉をかばうかたちで続航させているから、本来であれば艦隊駆逐艦あがりのフネとして可能なはずのフットワークを発揮した回避運動をおこなうことができなかった。

 味方のフネ――それも自分を護る役割の護衛艦の噴射炎を浴びせられて、それで対消滅反応がおこった挙げ句、爆散してしまうかも知れない。

 そんな無茶苦茶な航行をしかし、指示された〈なこまる〉の船長はじめの乗員たちは、反対もせず、すなおに従ってくれた。

 前をいくフネの噴射炎に包まれる――すなわち、自船の周囲を炎の壁でスッポリ覆う。

 それは一種のバリアーだ。

 敵がおこなうだろう、こちらの生き足を止めるための爆雷――彗雷の過早爆発による断片撒布攻撃は、〈なこまる〉を自艦の噴射炎でくるみこむ事で護る。

 高橋少佐は、そう考えていたのだった。

 それは(今のところ)なんとか上手くいっているようで、〈なこまる〉が流れ弾に当たって損害を受けた様子はない。

 だが、当然、相対している敵艦二隻の攻撃からは回避運動をすることは出来ず、出力を最大にあげたバリアーによる排除、それから、高角砲による迎撃で我が身をまもるより他なかった。

 バリアー・ジェネレーターの負荷ははねあがり、作動リソースを確保するため、艦橋といわず艦内の空調、照明等が不安定に揺れているのはそのためだった。

 艦橋内の自分の席で、瞬きするのを忘れたかのように、目を見開いたままでいる砲雷長が、避けきれない断片の選定、阻止射撃の実行、破壊の確認と、次なる目標の選定をうわごとのように呟きつづけているのはそのためだったのである。

「彗雷爆散断片領域、まもなく離脱!」

 こちらもまた、防空戦闘がはじまってからというもの、砲雷長と同様、目の前のコンソールに目を釘付けにしていた船務長がそう言った。

〈くろはえ〉、それから〈なこまる〉の最終的な生き残りが可能となるまで、あと一歩となっていた。

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