25.Initiative

〈くろはえ〉、そして〈なこまる〉は、前後に一直線――あたかも列車のような位置関係となり虚空を突っ走っている。

ある程度の間隔をあけているとはいっても、〈なこまる〉は先行艦である〈くろはえ〉の噴射炎をまともにかぶる位置にある。

 およそあり得ない隊列。

〈くろはえ〉が、その主機たる対消滅反応エンジンの燃料混合比を変更――鏡化剤と常物質の反応母材のうちはんぶっしつの方を大とすることで、噴射炎の温度を大幅に下げているといっても安全が確保されたわけではない。

 被爆しても〈なこまる〉の船体に熱破壊がおこらないと言えるわけではないのだ。

 なにより〈くろはえの〉噴射炎中に残存しているエネルギーに変換されなかった鏡化物質――反物質が〈なこまる〉の船体に触れたら、そこで対消滅反応が生じてしまう。

 彗雷攻撃をうけ、被雷したほどでなくとも、やはり、ただではすまない事となるだろう。

 そうした事態を避けるため、〈くろはえ〉の後方をすすむ〈なこまる〉は、進路前方にバリアーを最大強度で展張してはいる。

 噴射後流をそれで可能な限り脇へ逸らして被爆を防がんが為の方策だ。

 しかし、それで完全に被害をまぬがれられる保証はない。

 船体そのものの損傷は避けえたとしても、それでも鋭敏なセンサーが動作に支障をきたすようになるかも知れない。

 機械的には無事でも機能面で不具合をきたすおそれは否定できなかった。

 もちろん、この航行態勢を指示した高橋少佐は、こうしたリスクのある事はじゅうぶん理解している。

 一瞬ではなく継続しておこなっていく以上はなおのこと、リスクの度合いは、増しこそすれ減ることはけしてない事も。

 それを了解した上で、自分が手にしている戦力だけで現状を切り抜けていくにはこれしかないと考えていたのだった。

(さて、どうする?)

 戦術ディスプレイを凝視しながら、そこに映る輝点の動向を見まもる。

 ディスプレイ上のふたつの輝点――〈くろはえ〉、〈なこまる〉の進路に真っ向むかって迫りつつある敵の駆逐艦二隻の動向を。

 先刻からずっと、その二隻の駆逐艦、そして後方から距離をおいて追随している格好の空母、そして、〈あうろら〉を継続空襲中の攻撃機――敵部隊の間で激しく通信がやりとりされている。

 人間、それから艦載AIは、〈あうろら〉がおとりなのだと(遅まきながら)見抜いた。

 だが、限られた能力しかもたない攻撃機の機載電脳アビオニクス、またAIには、そこまでの推測をおこなう能力はない。

 敵艦のいずれにしてもそれを操る将兵たちは、有力な自軍の攻撃力をみすみす遊兵として無力化されているのを歯噛みするしかない状況なのだ。

 打開するには展開中の攻撃機群の即座の攻撃目標変更、ないし、空母を未発艦の攻撃機をあらたに出撃させるしかない。

 敵駆逐艦に乗り組む指揮官たちは、空母にそう要請したに違いない。

 できることなら自分から直接、無駄で無益な攻撃行動に没頭している攻撃機群に指示を与えたかったろうが、指揮系統が異なるゆえにそれはかなわず、空母にそう要請したのに違いないのだ。

 だが、空母の方は空母の方で、これまでの敵船団攻撃において、自艦が直接的な攻撃にさらされる危険を学習した。

 敵に己と拮抗しうる空母が存在しなくとも、自艦がは攻撃される可能性がある。

 空母という艦種は無敵ではないと知ってしまった。

 だから、自艦を護る直奄機はゼロにはできない――いま以上の攻撃機発艦は不可能。

 単独で行動中の空母の指揮官は、そう判断するしかなかったろう。

 結果、空母の指揮官は、現在展開中の攻撃機群に攻撃目標変更の指示をだす……か否かで、また迷う結果となってしまった。

 現在の目標――囮を攻撃しつづけるのは、確かに愚策。

 が、

 だからと言って、攻撃目標を変更しようとしても、機体の小ささ故に推進剤を大量に積載できない攻撃機は、軌道変更、戦闘機動を両方ともにこなす事はできない。

 であれば、やはり、現状のまま攻撃を継続させる……?

〈くろはえ〉を間に挟み、前後にとびかう通信は、暗号文で、かつ、極めて収束度の高いものであるため、その内容を精確に把握するのは不可能だったが、およそ、そんなところだろう――内心でそう思い、高橋少佐は息をひそめる思いでディスプレイ上の敵駆逐艦の動向を見つめつづけていたのだった。

 そして、

(できることなら……)

 高橋少佐がそう思った時、画面上の輝点に動きがあった。

 これまでこちらに直交する同一平面上を並行して接近してきていた二隻のフネが、少しずつ互いの距離を開いていっている。

 騎士の馬上試合ジョストのように、近接した二艦から持てる火力を集中させ、一点突破の破砕攻撃をおこなう……つもりでいたのが、それが崩れた。

 自分たちに先行して後方から攪乱攻撃を実施する筈の攻撃機群が、敵に騙され、まんまと囮をつかまされた挙げ句に無力化されてしまった。

 空母に事態の打開を要請したが、反応が芳しくない。

 かくなる上は、(不本意ながら)自分たちだけで攻撃をしかけ、目的を完遂しなければならない――敵駆逐艦の指揮官たちの葛藤が見て取れるような機動であった。

(さぞかし腹を立ててるだろうな)

 高橋少佐は思う。

 補足した敵の輸送船団と交戦状態にはいり、ある程度の戦果もあげて、さぁ、これから、という時に一斉に遷移されてしまって肩すかしを喰わされた。

 それで自分たちは、逃げ遅れ、落ちこぼれた敵の始末を言いつかったところが、その当の相手にのらりくらりと凌がれつづけ、挙げ句の果てに詐術にかけられ、いいように踊らされる無様をさらす結果となった。

 自分たちの方が圧倒的に優位――そこまでは言わなくとも、攻守の主導権を握るべきは自分たちである筈なのに、

 にもかかわらず、鼻面を引きまわされ、あしらわれつづけてきている。

 もう小細工は弄さない。

 もう詐術を弄させない。

 頼るは自分たちの力だけ。

 全力でもって叩きつぶす。


 開始より、既に数日の時間をけみしている戦いは、ついに終局を迎えようとしていた。

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