24.Misdirection
「〈なこまる〉より返信!」
船務長が叫んだ。
「『貨物コンテナの投棄は貴艦指定数量到達にて停止了解。コンテナ投棄作業は既に停止。現状は、別指示にての推進器オーバーロードを準備中。噴射開始時間は、現刻より一〇分後』――以上!」
「了解」
高橋少佐はこたえると、チラとカウントダウン・タイマーに目をはしらせた。
〈なこまる〉が再び遷移可能となるまでの時間を確認する。
(長い、な……)
なんとしてでも持ちこたえなければ――そう思いつつ、通信端末のカフを操作した。
「発射管室、宮園中尉。こちらは艦長」
「艦長。こちら発射管室、宮園中尉です」
いつも通りにほぼ間を置かず、副長から応答がかえってくる。
「いよいよお披露目ですか?」
これもいつも通りに的確な予測を織り交ぜて。
高橋少佐はうなずいた。
「ウン。たった今、〈なこまる〉から、こちらの指示に対する返事があった。よって、これより本艦戦闘準備は最終段階に移行する。副長――」
と、そこで一旦言葉を切り、
「彗雷戦用意。彗雷射出調定は、射角最大、射出機出力最小。最短駛走距離にて自爆を設定。準備作業は現刻より一〇分以内に完了のこと。射出開始命令は砲雷長より達する――以上」
「了解です! 『彗雷戦用意。彗雷射出調定は、射角最大、射出機出力最小。最短駛走距離にて自爆を設定。準備作業は現刻より一〇分以内に完了。射出開始命令は砲雷長の発令を待ちます』――以上!」
「頼むわよ」
口許にかすかな笑みをうかべて通信を切る。
戦術ディスプレイに目をもどした。
敵、味方、ともに周辺空域に展開する艦船の配置を確認する。
後方の空母を発した敵攻撃機群は、機載AIが判断するところのHVU――貨物を積載したまま全速力で逃走を継続している〈あうろら〉に襲いかかっている。
非武装で鈍足の輸送船一隻に攻撃機が六。
それこそ瞬殺――一瞬でケリがつきそうなものだが、そうはなっていなかった。
攻撃機群が周囲にむらがり、反復して攻撃をくわえているのだが、不思議なことにそれら致命的な一撃が〈あうろら〉の船体をとらえる直前に、なぜか霧散し、無効化されている。
ある意味、遷移の派生技術とも言える技術――遷移の際に生じる空間断層を防御場として利用したものだ。
すなわち、防御用の備えとしては突破不能、絶対無敵の不破の楯。
逆に欠点としては、遷移をおこなわない限りナルフィールドにくるみこまれた航宙船は、慣性飛行しかできない――攻撃対象としては未来位置の予測しやすい格好の標的でありつづける事があげられるだろうか。
実際には、それを完全なかたちで実現するには遷移用とナルフィールド展張用――それぞれ専用のジェネレーターを用意しなければならない。
したがって、〈あうろら〉が現在展張しているナルフィールドは、その断絶度合において完全なものではなかった。
完全であれば、いかなる帯域の電磁波、重力波でも〈あうろら〉の存在を検知できなくなる筈が、激しく明滅を繰り返す電球にも似て、『存在』と『非在』の間を往復している――半透明のヴェールがかかったような、一種、『幽霊』のような案配で〈あうろら〉はその存在を
(むしろ、今はその方が都合が良いが……)
体躯のおおきな草食獣に群がり、四方から攻撃をしつづける小さな襲撃者たち。
戦術ディスプレイの中にそうした様を確認しながら、高橋少佐は
リモートデスクトップ経由の命令で、〈あうろら〉はナルフィールドを展張したまま、〈くろはえ〉、そして〈なこまる〉から徐々に徐々に離れて行くよう設定している。
ナルフィールドを展張したままでは〈あうろら〉は遷移を実行できず、
〈あうろら〉をHVUと定めた攻撃機群は、その撃破を絶対に諦めない。
つまり、
〈くろはえ〉、〈なこまる〉にとって、敵攻撃機群は脅威対象として、事実上無視して良いほど危険度が低下したとみなして構わないだろう――そう結論できたからである。
フ、と、かるく息をもらすと、
「船務長!」
高橋少佐は声を張り上げた。
「〈なこまる〉へ通信送れ! 本文、『船体前方
「機関長!」
船務長が復唱するのを耳にしながら、別の部下を指名する。
「推進剤、
「艦長!?」
高橋少佐の命令に、ほぼ反射的――無意識なかたちで機関長が声をあげた。
「航法長!」
だが、高橋少佐は、一顧だにせず、部下の驚きを踏みつぶす感じで、声を張り上げる。
機関長の驚きはもっともなのだ。
それを故意に混合比を変え、主として欺瞞に利用するのが戦闘航宙艦だが、今の指示は貴重な方の推進剤の無駄遣い――ほとんど燃料投棄に等しいものだったからである。
推進剤が不足する――最悪、無くなってしまえば、戦術機動はおろか、まともに航行することさえ不可能となる。
機関長の反応は、むしろ当然だったろう。
しかし、
「航法長、敵駆逐艦の警戒ライン突破を確認ししだい、本艦進路を〈なこまる〉進路軸線と完全一致となせ――復唱!」
部下の驚愕を無視して高橋少佐は、自分たちが護るべき輸送船の真ん前にフネを位置させるよう――自艦の噴射炎をまともに〈なこまる〉にぶつけるような指示をだしたのだった。
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