目が見えなくて世界が真っ暗

 やぁ。僕の名前は雄大。東京に住んでいる極普通の大学生だ。両親がいて毎日を楽しく過ごしている。

 そんな僕には昔ある障害があった。それは先天性白内障という簡単に言うと目が見えない病気だった。今でこそ思い出話として笑えるものの当時は自分も家族も本当に辛かった。そんな僕の昔話をしていこうと思う。


 僕は出産予定日より相当早く産まれてしまい、しばらくはNICUというまぁ簡単に言うと赤ちゃんのための集中治療室に入っていたんだ。だけどそこで僕が目が見えないということが分かったんだ。両親はひどく悲しんでいたけれど息子として愛情たっぷりに僕を育ててくれた。

 ただ愛情だけじゃ済まない問題もある。

3年後、幼稚園に入園した僕は目が見えないことから周りから相当なアドバンテージを受けていた。点字どころか、ことばもよく知らない中、周りと仲良くできずに一人でいうのは辛かったし、家族が見てても辛かったろう。

よく考えてみてほしい。知らない歌は歌えない、公園で一緒に遊べない、ひらがながわからない、運動会に出れない、お遊戯会ができない、折り紙が折れない、テレビの話をすることができない……、まだまだあるけどとりあえずはこれくらい。

いやでもこれが一番辛かった、相手の顔を見ることができなかったこと。自分と話している時相手がどんな顔をしているんだろう、と。なにより自分を産んでくれた両親の顔が見れないことがほんとうに辛かった。


 幼稚園を卒業し、僕は何かしらの障害を抱える子の通う特別学級に入っていた。そこまで多くの人数がいる訳ではなかったけれど、通う生徒が生徒なだけに周りから特異な目で見られていた。担当の先生はうちのクラスだけ二人、クラスの大きさは同じなのに人数は半分ちょっとしかいない。常に何かするにも他人の手助けが必要で、普通なら二年生でやるはずの九九もクラスで終わらせられたのはたった三人だけだった。僕の場合、点字を覚えていなかったから全ての科目で最初出遅れたし、小学校の一大イベントの運動会にも参加できなかった。実際危ないしね。ただ外で他の子ども達の歓声が聞こえる中、教室で本(点字で出来ている)のを読んでいるのは非常に辛かった。当時の僕は気づかなかったけれど、他クラスの生徒達から僕達はいじめと風評被害をうけていたようだ。まぁかなり残酷で悲しい生活を送っていたけれど悪意を持たない小学生同士ではそれが悪いことだともいじめだとも思わなかったし何事も起こらなかった。

 

 問題が起こったのは中学校の時だ。小学校からそのまま中学校の特別クラスに通ったけれど、帰り道に同学年の不良に襲われて財布と白杖(目が見えない人が使う杖)を盗られたんだ。幸いそれを見ていた人がいて警察と学校に話がいって怪我もなく、加害者は退学になり引っ越したことで事なきを得たけれど、僕の心はそれから人を信じられなくなった。今まで絶対的な信頼を寄せていたものに裏切られるのは僕の心をかなり傷つけた。

 そんな中、僕の面倒を必死に見てくれた人がいた。

彼女は特に障害を持っているわけでもなく、一般的な幼稚園、小中学校に通っているのだが、両親がいないときに僕の面倒をよく見てくれていた。一度たまたま家が近かっただけなのに僕の世話なんかしてて楽しいのかと聞いたことがある。すると彼女は

「困っている人がいたら助けるのは当然じゃない?」

と言ってきた。僕が人間不信に陥った時も彼女は僕が厭味ったらしいことを言ったときも突き放した時もずっと傍にい続けてくれた。大丈夫だよ、私が隣にいるから、と。

 そんな彼女の献身もあり、ある程度は僕の心の傷も癒えた。でも、僕の目は見えることがなかったし、彼女のことを本気で信用することもできなかった。その夜、僕は数年ぶりに泣いた。なんで彼女の目を見てありがとう、といえないのかと。僕がそれを彼女に対する恋愛感情と彼女に対する嫉妬であるのに気が付くのにそう時間はかからなかった。

 淡くて黒い心をもって僕は高校に上がった。もちろん一般的なところではなく特殊な設備がついている学校ではあるが。その頃にはもう点字もすらすら読めるようになっていたし、見えないなら話せばいいと考え英語のスピーキングを練習していた。その時彼女も練習に付き合ってくれていた。人とも軽く話せるし、今まで乗れなかった電車やバスにも一人で乗れるようになった。でも僕の心はぽっかりと空いたままだった。家族を、家を、学校を、空を……彼女の笑顔を。毎日が充実していく反面、僕の苦悩は増えていくばかりだった。

 

僕に転機が訪れたのが高校2年生の冬。僕のもとにあるニュースが飛び込んできた。僕の目が見えるようになるかもしれない…と。

 家族はとても喜んでくれていたけれど僕はそのニュースに飛び上がって喜ぶ気にはなれなかった。

 よく考えてみてほしい。今まで視界というものがない世界で生きてきたのが一日で一気に変わるのだ。留学に行って一週間くらいたった時のホームシックなんてものじゃない。急に自分の生きてきた世界が崩れる。これが怖いわけがない。でも、その気持ちを喜んでいる家族に向けて言えるわけがなかった。

 でも、彼女に隠すことはできなかった。次の日

「何かあったの?」

と出会い頭に聞かれた。何もないよ、と答えると

「私のこと信用できない?」

と言われた。隠すのは無理だと諦め洗いざらい全て吐いた。すると彼女は

「私にはわからないけど心の持ちようなんじゃない?確かに目が見えることで自分の中に入ってくる情報はけた違いに増える。もちろんいいこともそうでないことも。でも、周りが変わるわけではないんだよ。おじさんもおばさんも、私も。」

 わからないのに偉そうにと考えたことは否定しない。でもそれ以上に僕あ彼女のこういう自分にはない明るい考えに惹かれたんだなぁ、と思った。僕はその日彼女に初めて「ありがとう。」と心から言うことができたことは確実だ。僕の目には相変わらず彼女は映っていなかったけれど初めて光が入って見えたと彼女は言っていた。


 そこからはもう迷うことなく手術を受けた。結果は見事に成功し、僕の目は17年経ってやっとものを見ることができるようになった。初めて自分の顔を見た。両親を見た。自分の家を、学校を、車、いつも行くコンビニ、通学路……そして彼女のことを。

 その日の夜、僕は彼女を呼び出した。今まで面倒を見てくれて本当にありがとう。僕が何をしても何を言っても、いつも隣にいてくれた。今まで本当にありがとうございました、と。

 普通ならここで僕は告白するべきだったのだろう。でもそれを言うことはできなかった。なぜなら多少なりとも彼女に後ろ暗い感情を抱いていたから。そんな僕に彼女の隣にいる権利はないと思っていたから。

 でもそれを言ったとき、彼女は少し悲しそうな顔をしていた。目が見え始めて一日しかたっていない僕の目にはそれは正しく映っていなかったのかもしれない。ただ、あの時僕の心は一つに決まった。


 次の日からは猛勉強だ。何しろ文字がわからないからひらがなからやりなおしだ。点字の少なさと自分の生きていた世界の生きづらさを実感した。今まで通っていた高校を辞め、一般的な高校に転校した。初めは困惑していたクラスメイトも次第に僕のことw受け入れてくれた。そんな高校生活はあっという間に終わった。東京の大学に合格した僕は東京で一人暮らしをすることにした。


 そんなこんなあって今日を迎えている。今の夢は僕みたいな目の見えない人達の生きやすい社会を作れるようにすることだ。大学では医療を勉強している。遠い道のりではあるけれど頑張っていくつもりだ。長い間喋っていて遅くなったので家に帰るとしよう。


「ただいま。」

「お帰りなさい。」

 


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世界が真っ暗な中 僕たちは進む ゆゆさくら @Yuyusakura

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