三話 化獣「人食い鳥」と夏鳥の亡霊

 「何なんですか、あれ」

 「妖怪人食い鳥、なんて言う人もいますけどね。僕は琵琶湖の亡霊の一人か風の魔物だと思ってますけど」

 「食べるって、人を? 鳥なんですか、あれ」

 「それは言い出した人に聞いて下さい。今日も琵琶湖のどこかにいると思いますよ」

 「……あの、お兄さんはどういう人なんですか?」

 「僕ですか? 僕は──」

 

 ──僕は、亡霊ですよ。本当ならパイロットとしてあの飛行機に乗ってここを飛ぶはずだったんです。今年じゃないですよ。天気が悪くて飛べなかったんです。


 「でも、また次の年も──」

 言葉が途切れた間に刺した質問もすぐに遮られた。


 ──高校野球と同じです。社会人チームであれば、次があるかもしれないですが学生チームであれば次の年になればひとつ下の代に引き継がないといけない。引退後に社会人チームに入る事が出来ると言っても、やっぱり「同期」と飛ぶというのはそれだけ特別なんです。


 青年の話はそれから長かった。パイロットとしての苦労、重み、書類審査、大会が中止になった瞬間の話。進めば進むほど独白になり、まるで怖い話でも聞いたような冷気が体を走った。

 一通り話し終えた青年は空を仰ぐ。一緒に顔をあげると変わらない空のはずが、どこか秋のように高い。

 「夏を終えられずにいるんです、僕らは」


 まるで夏鳥のようにここにやってきて飛び回り、そして力尽きれば湖に沈む。どれだけ飛べば気が済むのだろう。いくら大記録であってもそれに満足する事はなく、ルールもそれに応えるように変わっていく。

 そこまでして、こんな茹だるような暑さの中、飛ばなきゃならないと駆られる気持ちは何なんだろう。

 さっきまで気にならなかったセミの鳴き声が大きく聞こえてくる。

 「なあ、君たちは何者なんだ」

 着水した飛行機も、人喰い鳥と言われた化獣も、自分の事を亡霊と言った青年も、もういなかった。

 「ねえ、おちた飛行機いなくなったよ?」

 「きっと引き上げられたんだと思う」

 「そうなのかなあ」

 そう息子には答えたけれども、どうなったのか、そもそも私達が見た飛行機が本当に飛んでいたのかさえ自信がない。

 今日は本当なら年に一度の祭があるはずの日じゃないか。そんな時にここに来たのだから、と思うしかない。

 せめて、どこかで飛んでいてくれ、琵琶の夏鳥。

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夏湖の亡霊 雪夜彗星 @sncomet

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