二話 青年と化獣

 「僕らはどれだけやっても、やりきれないんですよ。優勝できても、未練は残してしまう事もあります。そんな人たちを亡霊、なんて言ったりしますけどね」そう言って乾いた笑いを放つ。「あと、あの大会だと航空連盟の条件満たさないんで公認記録にならないんです」

 「そうなんですか」

 そこで彼は頷いてから黙って、飛行機を見ていた。私達はその横で一眼カメラに望遠レンズをつけてしばらく機体の様子を追っていた。青年はカメラはなく大きな双眼鏡を覗いている。

 「僕は機体を追うので離れます、失礼します」

 久しぶりに双眼鏡から目を離した彼はそう言って、ロードバイクに乗って北側へと走り去って行った。


 まだその場で機体の様子をしばらく見ていた。まだまだゆうゆうと飛んでいるので一度、宿に戻ってから車で追いかけるようかと考え始めた。どこまで飛ぶかをさっきの青年に聞いておくべきだった。

 「あ、おちた」カメラの画面を覗いていた息子が言う。

 「え」

 「見て」

 カメラの画面を覗くと飛んできた機体が琵琶湖に着水していた。さっきまでは余裕で飛んでいたので何かトラブルが起きたのかもしれない。

 「どんな墜ち方だった?」

 「右側の羽が折れた。大丈夫かな?」

 「大丈夫だと思うよ、さっきのお兄さんも追いかけていったし」

 ただ、それでも飛行機の残骸はしばらくその場に漂っているようだった。番組みたいにボートも多くないから引き上げるのに時間が掛かるかもしれない。

 「戻ろう」

 「うん」

 そう息子に声をかけ、湖に背を向けた時大きな水飛沫の音が聞こえた。

 「何あれ?」

 振り返ると巨大な、鳥とも、魚とも言えそうな化獣が水面を跳ねている。その飛沫で、機体が見えない。

 「何あれ? 大きなペンギン?」

 「鳥じゃない?」

 後頭部には小さな角が生え、すらりとした胴体にはペンギンのような羽がついている。全体的に青い皮膚に覆われ、嘴は黄色い。首元はまるで肋骨が露出しているように見える。

 「あれが見えたんですか」いきなりそばから声がして、後ずさりする。

 すぐ横にさっきロードで走っていったはずの青年が立っていた。

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