一話 記録飛行と青年

 七月末の土、日曜日。

 毎年であれば人力飛行機の大会がやっているのだが、今年は中止になってしまった。

 「お父さん、今年は琵琶湖に行かないの?」

 息子にそう言われて、結局、大会観戦を抜きに琵琶湖旅行として湖畔のホテルを取った。チェックインを済ませた後、静かな松原水泳場に家族で足を運んだ。いつもなら観客席や実況席があるハーバーも閑散として寂しい。他には誰もおらずだだっ広いコンクリートの地面は真夏の太陽が焼いているのみだ。

 「お父さん! 飛行機飛んでる!」場所の様子に目もくれず、ずっと湖を見ていた息子が声を上げた。

 指差す先を目をやると確かに一機の人力飛行機が飛んでいる。

 「あれ、中止じゃなかったのか……」

 大きなプラットホームもそこにはない。観客も居ない。

 「でも、あの発進台がないと飛べないんじゃないの?」息子も不思議そうにしている。

 「他に飛べるところがあるのかも」

 「ふーん。今年はここじゃないんだね」

 「なくなっちゃったからね」

 今飛んでいるのがどこで、どんな風にテイクオフをしたのかは分からないが、テレビで飛行機が滑走路でテストしている様子は写っているのを見た事があるので、平らなところからでも飛べるのだろうと思う。

 飛行機は南から北へと岸に沿うようにゆっくりと進んでいる。歩きながらでも追いかけられそうだ。その事を息子に聞くと満面の笑顔で行こうと言い出した。

 ハーバーを越えて、しばらく歩いていくと防波堤に座って飛行機を見ている青年が居た。

 「すみません、あの飛行機はどこから飛んできたんですか?」何か知らないかと声をかける。「大会は中止になりましたよね?」

 「あれは記録飛行です」

 「キロクヒコウ?」

 「ええ、大会の代わりに自分たちで飛ばして、日本記録、世界記録を目指してるんです」

 「はあ。大会じゃなくても飛ばしたいものなんですか?」

 「人によりますけど、飛ばしたい人が多いですよ。滑走路じゃなくて、琵琶湖で」

 青年は防波堤の上に立ち上がる。茹だるような暑さの中で信じられないぐらい清々しい顔をしていた。

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