第6話 フレンド機能

 私の部屋のPCはうなりをあげている。ゲーム画面では私とスノウのキャラがフィールドに立っており、周りには誰もいない。敵はもう大方片づいているのだ。


『山宮コノカを殺したのは……』


 スノウが言った。


『白井珠美だ』


 彼の声に、私は反論した。


「だから、彼女に犯行は不可能だったって言ってるだろう?」


『少し実験をしてみようじゃないか。時雨君、ちょっとそこに立ってくれたまえ』


 スノウが、ゲームの中の小屋を指さした。シンプルな小屋で、ドアと窓があるだけの小さな小屋だ。


「ここかい?」


 私は小屋の中に入って、ドアのほうを眺めた。シンプルなつくりの内装で、ドアから外の様子と、それからスノウが目の前に立っていることが良く見える。


『よし、そうだ。君が被害者、私が犯人だとしよう』


スノウは突然、手にした鈍器で私に殴りかかってきた。


「うっわ、何しやがる」


 ダメージを受けた私のキャラクターは倒れた。とっさのことに防御もできず、避けることもできない。ダメージを喰らってノックバックした後、私は反撃に出た。


手に持っていたハンドガンで乱射する。エフェクトが飛び散り、スノウのキャラもダメージを受けた。


『と、まぁ、こんなふうに』


 スノウが回復薬を渡してくれた。


『目の前から被害者を殺すのは不可能だ。必ず反撃に出られるか、避けられる』


「ねえ、今の実験やる必要あった?」


 私は貰った回復薬を使いながら答えた。スノウ、私を攻撃したかっただけではないのだろうか。


『だが唯一、反撃を受けずに、ぶん殴れる方法がある。それは、被害者の視界が遮られ、犯人の姿が見えなかった、ということ』


「犯人の姿が見えなかった? 一体どういうこと?」


『それは……』


 スノウが言葉を切ったので、私は息をのんで彼の言葉を待った。次の彼の言葉は、突飛なものだった。


『VRヘッドセット』


「は?」


 話が飛びすぎたので、私は叫んだ。


『時雨君、言ってただろう。被害者の部屋は、小奇麗だったって』


「まぁ、そうは言ったけど」


『彼女、機材はきちんと箱にしまうタイプだったんじゃないかね? いるだろう、Nintenboスアッチとか、ゲームバーイとか、遊び終わるたびに購入した段ボールにしまうやつ』


「いるねえ。確かに、彼女の押し入れ、家電の箱がきれいに並んでいたよ。電気ストーブとか、ゲームハードの箱とか。あれ、全部中身が詰まっていたんだね」


『君は見落としたかもしれないけど、その並んだ家電製品の中に、VRヘッドセットの箱もあったはずなんだ。中身が空っぽの、VRヘッドセットの箱がね』


 私は自分の記憶の糸を辿った。あっただろうか?……そもそも私の仕事はサンプル採集だけだったので、そこまで被害者の部屋を観察した記憶はない。そういうのは刑事の仕事なのだ。


「……だけど、被害者の部屋にVRヘッドセットの箱があったからと言って、なんなんだ?」


『まだわからないのか。被害者は死亡時に、VRヘッドセットをつけていたんだよ』


 なんという突飛な推理だ。シャーロックホームズも大爆笑である。


「だとしたら、どうなんだよ?」


『白井珠美の犯行が、確実に実行可能なものになる。VRってのは、現実世界の視界が完全に遮断されるだろう? ついでにヘッドホンもつけるから、周りの音も遮断される。不審者が部屋に入ってきても、たとえ目の前にいても、まったく気づかない。その上、白井珠美は被害者宅の部屋の鍵を持っていたんだ。コッソリ忍び込むことだって不可能じゃないさ』 


「で、でも、なんで白井は、被害者がVRヘッドセットをつけてゲームをしている、そのピンポイントの瞬間に、被害者宅に行くことが可能だったんだ?」


『フレンド機能』


「あっ」


 私は口を押えた。


『わかるだろう、○○○さんがオンラインになりました、っていうアレだ。アレの機能のおかげで、フレンドがオンラインかオフラインか、さらには、誰が今どのゲームで遊んでいるかがわかるわけさ。それこそピンポイントに、リアルタイムで』


 私は唸った。


『時雨君も昨日、バイオクエストやっていただろう。夜中の2時まで』


「バレてたか」


『睡眠不足だから、そんなにイライラしているんじゃないのか?』


「イライラなんかしてない。余計なお世話だ」


 私は口を尖らせた。


『……まぁいい。恐らく鑑識の君が見つけたゴミ……ネジやプラスチック片なんかは、白井が片付け損ねた、VRヘッドセットの破片だったんだよ』


 そういえば、灰色の、あまり現場では見かけないタイプのゴミだったことを記憶している。


「つまり白井珠美は……VRゲーム中の被害者に近づき、VRヘッドセットごと頭を殴りまくって撲殺し、破壊されたVRヘッドセットを片付けて、部屋を後にしたってことか」


 用意周到である。っていうかネット社会って怖いな。おちおちオンラインになれない。


「じゃあ、いつも眼鏡の被害者が、自宅でコンタクトを使っていた理由は……」


『VRヘッドセットをつけるためだよ』


 スノウが満足げに答えた。


『眼鏡の上からゴーグルをつけるのは難しいからね。たぶん遺体の目の周りにも、特徴的な痣があるんじゃないかな。ゴーグルが衝撃を受けて、顔に食い込んだような、そんな痣が』


「ま、待ってくれ。じゃあ、侵入口だと思われている、窓は?」


『白井珠美の偽装だな』


「エアコンの温度設定は?」


『偽装だ。出張の広川は犯人じゃないよ。決定的なアリバイを作れるのだとしたら、どうしてわざわざエアコンの温度をいじって、死亡推定時刻をずらして捜査をかく乱させる必要がある?』


「大野はどうなんだ、大野は?」


『彼は被害者の部屋の鍵を持っていない上に、被害者の家に入ったこともないんだろう?』


「で、でも、証拠が……」


 私は、なんだか自分の台詞が追い詰められた犯人っぽくなっているのを感じていた。


『証拠はある。白井珠美が回収した、破壊されたVRヘッドセットだ。まだ白井の手元にあるはずだよ、普通の壊れ方じゃない燃えないゴミだからね。家に警察が来て動揺したのは、決定的な証拠が彼女の家にあったからだ』


「だけど、それが今もあるって、そんな証拠はないだろ?」


『K市の燃えないゴミの日は、2週間に1度なんだろう? まだ収集日じゃない』


 スノウは、さっき私が送った写真を眺めているようだった。



「動機は何だったんだ? 被害者と犯人は、友達だったんだろう?」


『たぶん、犯人と被害者は、フレンドだけど友達じゃなかったんだ』


 ゲームを終え、戦歴画面を開いたスノウが呟いた。


『一緒の専門学校に通う。片一方は夢をかなえ、イラストレーターに。片一方は夢破れてしSEに。2人は友達を自称してたけど、片方はペットの世話を頼む下働きぐらいにしか思ってなかったんだろ』


 スノウはゲームの報酬をちゃらちゃらと受け取っているようだった。


『もしそんな、羨みと憎悪の塊の自称友達が、不倫に加え、自分が片思いしてた人間を寝取ったら……』


「白井は、大野のことが好きだったのか?」


 私は尋ねた。そういえば、今回の事件は珍しく、容疑者たちが顔見知りだったのだ。しばらくの沈黙の後、スノウはこう答えた。


『……さて、話は変わるが時雨君、君が人を殺すとしたら、何を使うかね? 私はAUGだな』


 新しい装備でも入手したのだろうか、ガチャガチャと装備を整える音が聞こえる。


「じゃあ、私はAWMで」


 私は特に人を殺す予定がないので、適当な狙撃銃を答えておいた。


『ダメじゃないか時雨君! 君は科学捜査班なんだから、きちんと毒薬を使わないと!』


 訳の分からない怒られ方をしてしまった。




 2日後、ゲーマーの大野宗次は釈放された。晴れて無実の身となった彼は、これからバイオクエストをプレイするに違いない。新聞の片隅には、白井珠美が容疑者として逮捕された記事が小さく載った。


 私がスノウから聞いた推理は、次の日のランチの時に重森警部補に耳打しておいた。重森警部補は大きく頷き、その午後にはもう、白井珠美宅の玄関には警官が立っていた。


そして彼女の家からは、粉々に破壊されたVRヘッドセットが見つかった。うまく言い訳をすることもできただろう。だけれども、彼女は観念した。


こうして真犯人の逮捕は、見事重森警部補の手柄になった。警察とは縦社会である。


部下の手柄は上司の手柄。まぁ、私の手柄ではなくスノウの手柄なのではあるが。


ちなみにその次の日のランチの時に、私は警部補からお菓子を頂いた。安い報酬であ

る。



そうだ、1つだけ付け加えておくことがある。私がこんなにも、スノウにペラペラと機密情報をしゃべっていた理由だ。私だって、誰にでも情報を漏らしているわけじゃない。


5年前、彼と初めてオフラインイベントで顔を合わせたとき、私は彼の正体を知った。


実際のところ、彼の正体は……おっと、スノウがオンラインになったようだ。急いでゲームにログインしないと。




<第1章 フレンドはオンラインです 終>

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鑑識ゲーマーの守秘義務放棄 時雨夜明石 @nanigashigureya

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