9節 泥棒親子と、盗みの事情と、悪い魔物

「待ぁぁてぇぇい!」


魔道昆に座った私は、目の前を逃走中の盗人に叫びながら、魔力の弾を撃ち込みました。


 バシバシと背中に攻撃を受けるも、彼女は「いだだだだだっ!」と痛がるだけで、全く止まる気配はありません。


 仕方ないですね、かくなる上は消し炭に――。


「おいニンゲン!。貴様何をしてる!」


 真下からオッサンの声と共に、爆速で槍がすっ飛んできます。


 運良く袴を霞める程度で済んだ私は、睨みつける様に声の主を見ました。


「おい!聞いているのか!貴様は何をしているんだ!」


 そりゃこっちの台詞です。何しとんじゃ貴様。


 ですが私は口には出しません。というか何も言いません。えぇそうです、ガン無視です。


 ひたすら無視を続けて盗人を追い掛ける私ですが、少し離れた場所からは、未だにオッサンが私を呼び掛けながら槍を投擲して来てます。


 いい加減に鬱陶しく感じた私は、アイに合図を出すと、オッサンの相手をしてもらう事にしました。まぁ彼女なら一般のオッサンなんて相手では無いでしょう。


 さて、オッサンから視線を戻して、改めて盗人を観察しながら追いかける私は、彼女が足を痛めてる事に気付きました。


 どうやら右足が悪いらしく、走り方が足を引きずる様になっています。


 一瞬、私のタックルとか魔道昆で感電させて落下したのが原因かと思いましたが、彼女も言ってしまえば魔物――人間以上にタフな存在の筈です。


 とすると、足を痛めたのは私と出会う以前という事が予想出来ます。


 ……まぁ彼女の足を痛めた経緯とか、ぶっちゃけどうでも良いです。


 ですが弱点は弱点……私は少しばかりの申し訳なさを感じつつも、右足に狙いを定めて魔法の弾を撃ちまくりました。


 そして魔法の弾が着弾した盗人は痛そうな呻き声を上げながら転び、私はやっと彼女に追い着く事が出来ました。


「ふー……ふー……」右足を押さえて、涙目になりながら私を睨みつける盗人。


 しかし私は無情にも、魔道昆から降りて彼女の胸ぐらを両手で掴んで持ち上げると「人の物を盗んだんです……覚悟は出来てますよね?」と、脅す様に言いました。


 彼女の全身が震えてるのを腕越しに感じます。もしかしたら今までも同じ様に捕まって、何度も酷い目に遭ってきたのかもしれないですね。


 ですがまぁ、そんな事は私の知った事じゃないですけど。


 私は彼女のポケットから盗まれたお金を取り返すと、人気の無い路地まで連れて行き、手足を紐で拘束しました。


「で?、一応言い訳は聞いてあげます。どうして私のお金を盗んだんです?」


「…………」


 私の質問に彼女は答える事は無く、ただガクガクと震えるばかりでした。


「そんなに怖いと思うなら、盗みなんて止めた方が良いですよ?」


 もう十分脅せたと思った私は、今後彼女が盗みを働かない事を願いながら手足の拘束を解こうと、ナイフを取り出して近付きました。


「や、やめろぉ!」オッサンの弱々しい声が路地の入口から響いてきます。


 声がした方に視線を向けると、ボコボコにされたオッサンがアイに引きずられていました。


「エル……その泥棒、このオジサンの子供だって……」


「…………」


「娘が悪い事をしたなら謝る、どうしても殺したいなら俺が代わりに死ぬ!。だから娘には手を出さないでくれ!」


「…………」


 オッサンの言い分を聞いた私は、二人の身だしなみを確認しました。


 二人共かなり貧相な服を着ています。娘の方に至ってはサイズがあって無くて、胸元が今にも破けそうです。


 そしてこの二人の見て、私は彼女たちが共犯者である事を確信しました。


「……とりあえず貴方たちの家まで連れて行ってください。そこで殺すか否かは考えます」そう言って盗人の拘束を解き、ナイフをしまった私は、アイにオッサンを開放するように指示を出しました。逃げたとしても速攻で捕まえて、今度は容赦なく殺す――と、しっかりと脅しも入れて。



 そして街の外れにあるボロ屋に到着した私たちは、早速家の中に入って、ドアの鍵を閉めました。


「アイ、誰かが此処に近付く気配を感じたら、合図をください」


「……?」私の言葉に首を傾げたアイでしたが、何か意図があると悟った彼女は「……あぃ」と返事をして、外の警戒を始めました。


 さてと、私の方もさっさと話を聞いて早く街から出て行きましょう。


 椅子に座った私は、殺意の様なものを一切向ける事は無く、寧ろ優しい声で「貴方達が共犯なのは分かっています。いつから盗みを?」と聞きました。


 因みに共犯だと気付いたのは、身だしなみもそうですが、至る所に似た傷を負っていのと、オッサンの出て来るタイミングが余りにも完璧過ぎた。そして何より……二人共目が死んでいたんです。恐らくは娘の怯えも、オッサンの謝罪も半分は嘘です。


 そして私の問いに、オッサンは包み隠さず全てを話しました。


 いちゃもんを付けて来た、街の中心に拠点を構えるヤクザな魔物が、慰謝料の支払いとかで毎月莫大な額を請求して来る事。


 娘はこの魔物の暴行を受けて、右足を悪くしてしまった事。


 二人の母親が、こいつらに人質として取られている事。


 街の自警団で働くオッサンの給料ではお金は足りず、盗みを働いて払っていた事。


 洋服は疎か、食事さえしっかりと食べれていない事――。


 涙を流しながら全てを話してくれました。


 因みにこのヤクザな魔物。他の住民たちにも手を出してるみたいで、街の中では結構嫌われてる存在らしいです。


「なるほど、事情は分かりました。ですが盗みはいけない事です、例えそれが生きる為、お母さんを殺させない為であったとしてもです。私の言ってる事の意味……分かりますか?」


 私の説教に、二人はうつむいたまま頷きました。


「…………」この二人の姿を見て何か感じるものがあった私は、自分が甘いと思いながらも財布の中身をテーブルの上に全て出しました。


「これだけお金があって「妙な請求」も無ければ、貴方達「三人」は仲良く半年は遊んで暮らせるでしょうね。……そして私は、そんな大金を忘れてこの家を出て行った事に気付かなかった事にします」


「…………」文字通りに喉から手が出て来そうな程にお金を凝視する親子。こう言っちゃ何ですが、人前でそういう事をするのははしたなく見えます。


「良いですか?、これが最後の盗みです。これ以降は真っ当に働いて生きていってください」


 私は二人にそう告げると、本当にお金を置いて出て行ってしまいました。



 さて、外に出た私ですが、一門無しになってしまいました。


「……エルのしたい事、よく分かんない」唇を尖らせたアイが、ボソッと呟きました。


 ですが無くなったお金は、稼げばいいんです。そしてついでに悪者も消しておきましょう。


「アイ、行きますよ」私はアイの手を繋ぐと、魔道昆に乗って街の中心に向かいました。


 ――それから数時間後、身包みを剥がされたヤクザな魔物たちは、何かに怯えて命乞いをしながら拠点になっていた建物から出て、街から逃げて行きました。


 そして魔物たちが居た拠点の中から最後に姿を見せたのは――私たちと一人の女性の姿でした。


 彼女はあのオッサンの話してた、例のお母さんです。大体の事情は話してあるんで、後は勝手に仲良くやっていくでしょう。


 さてと、お財布の中も前以上に潤って、ついでに面倒な連中を追い出した事を街の人たちに感謝される私たちは、その何時までも止まる事の無い喝采を浴びながら、魔道昆に乗って街を後にするのでした。

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(旧版)改変世界の観測者 水樹 修 @MizukiNao

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