8節 焦る私と、財布泥棒と、追いかけっこの始まり

「ねぇ……エル……?」


「…………」


 とある街の建物の中、アイに呼び掛けられた私は、頭の中が真っ白になっていました。


「おい……人のお嬢さん?」


「…………」


 目の前に居るオッサンは、何かを察した表情で深いタメ息を吐いています。


 麻袋の中にも、胸元に作ったポケットも、アイが着ている私のワンピースのポケットも、物を仕舞えるありとあらゆる場所を探し回りますが、何処にも見当たりません。


「エル……私、もう眠い」


「…………」


 あれあれ?、おかしいぞ?。


 私は自分の体中を弄りました。だけどやっぱり探してる物は出てきません。


「……お嬢さん、まさかアンタ――」


「待ってください!お願いだからそれ以上は言わないでください!」


「……?」


 怪訝な表情で私を見つめるオッサンと、首をかしげながら不思議そうに私を見つめるアイに囲まれながら、私は必死に体中を触り続けます。


 あれあれあれあれ?。


 しかしどれだけ探しても、私の体から出てくる物はありません。終いには服を脱ぐ勢いで体中を弄ろうとする私を見て、オッサンが呆れた表情で止めてくれました。


「お嬢さん……無いんか?」


「無く……なりました……」


 冷や汗だらだらでオッサンの方を見上げる私。うん、その笑顔が凄く怖い……。


 そんな中、何とか事情が呑み込めたアイは、ポンと手を叩いて「エル……お財布、無くした?」と聞いてきました。


 ……うん、その通りですけど、言わないでほしかった……。




 ……はい、私です。……この挨拶、久々ですね。


 私たちは今、とある街の高級レストランに来ていました。


 実はこの街、周辺の街と比べると全体の物価が安いんです。えぇもう、思わず笑いが込み上げて来る位に安いんです。


 で、折角だしたまにはアイに贅沢をさせてあげたいと思った私は、若干奮発して高級宿にチェックインを済ませて、夕飯を食べに来た次第でした。


 しかし食事を済ませた後、私は財布が何処かにグッバイしてる事に気付いたんです。


 宿から出た時には財布はありました。このお店の階段を上ってる時にも確認しました。……トイレか!。


 私はオッサンの店主とアイを置き去りに、一目散にトイレへ向かって走り始めました。


 確か食事が運ばれて来る前に「ちょっとお手洗いに行ってきます」とか少しお上品な言い方をして用を足しに行った記憶があります。


 ――バァン!。


 トイレの立派なドアを壊す勢いで開いた私。そこで私は、財布を発見しました。良かった!、やっぱり手を洗った時に置きっぱなしだったんですね!。


 ですが何でしょう?。私の財布を大事そうに抱えた少女が、驚いた顔で私の事を見ています。


 ……あぁ!、もしかして落とし物を拾ってくれた親切な子なんですね!。だったら今にも逃げ出しそうにクラウチングスタートのポーズを取る少女にお礼を言って、早急に返してもらうのが礼儀ですね。


 私もクラウチングスタートのポーズを取り、彼女が走り出した瞬間、それを追い越す勢いで私も走り始めました。


「そぉい!」


 私の魔力込々なタックルが少女を襲います。


「ぷべらっ!?」


 衝撃が強すぎて、一瞬残像の様な物を残しながら壁にバウンドして、トイレのドアから転げでる少女。


 転げる最中に放り出された財布を、私は上手にキャッチしました。後は店主のオッサンの元にタッチダウンするだけです!。


 ……何だかリレーっぽい始まり方だったのに、気が付いたらアメフトになってますね。


 急いで店主のオッサンの元まで辿り着いた私は、財布をダンッと置き、息を切らしながら「こ、これでお会計……お願いします!」と言いました。


 私から財布を受け取ったオッサンでしたが、何故だか再び怪訝な顔で私の事を凝視してきます……え、何で?。


「お嬢さん……金なんて入って無いが?」


「…………」コノヒト、ナニイッテルノカ、ワタシ、ワカンナイ。


 いやいやいや、ありえないですよ。だって金の小判が10枚以上入ってた筈ですよ?。


「……まさか!」


 私は転がっていた少女の方を振り向きました。するとどうでしょう、彼女はポケットから小判を覗かせながら、窓に手を掛けてるじゃありませんか。


 そして私が見てる事に気付いて、ニヤリと笑って5階建ての窓から外に飛び出して行きました。ありゃあ間違い無く私の金です!、つまり財布は囮だった!?。


 今から走っても間に合わないと悟った私は、魔道昆に雷の魔力を纏わせて、全力で投擲しました。


「死にさらせっ!」


 魔道昆が爆速で少女の背中に飛んで行きます。


 ――バリバリバリ。


「あばばばばばばばばっ!?!?」


 そして魔道昆に直撃した彼女は、真っ黒焦げになりながら1階まで落ちていくのでした。


 そしてその際、彼女のポケットからは1枚の金の小判が。


 私はその小判を急いで拾い上げるとオッサンに投げつけて、アイを担いで窓から出て行くのでした。絶対に逃がさん。


「お、おい!」


 オッサンが動揺した声で私に話し掛けてきます。


「お釣りはあげます!。ごちそう様でしたっ!」


「ハム……美味しかった」


 窓から飛び降りながら叫んだ私たちは、そのまま少女を追って魔道昆を呼び寄せて座ると、彼女の落ちていった場所に向かいました。


「ま……まいど。おっかないお嬢さんだな……」


 何故かヘロヘロになったオッサンの声が聞こえた気がしますが、多分気のせいです。


 さて、少女の落下したと思われる小さなクレーター前まで到着した私たちですが、既に少女の姿は無くなっていました。


「ふふ……ふふふふふ。絶対に逃がしません……地の果てまで追いかけ回してやりますよ」


「エル……怖い」


「アイ、あのお金が無いと、私たちはご飯を食べれないんですよ?」


 私の言葉を聞いたアイは、自分たちのされた事に瞬時に気付き、目つきを変えました。これはアイの本気モードです。


「エル……アイツ捕まえよう……!」


「最初からそのつもりです。食べ物の恨みより、食べ物を買う為のお金の恨みの方が末恐ろしい事を思い知らせてやりましょう!」


 こうして私たちは、お金を盗んだ少女を追って、街の中を大捜索するのでした……。

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