詐欺師の矜持

新巻へもん

俺たちゃ詐欺師だ

「兄貴。見てくださいよ」

 ホームセンターでスリッパを買って帰る道すがらサブのやつが俺の袖を引いた。

「なんだよ。俺はいま新しい金もうけを考えてて忙しいんだ」

「それっすよ。見てください。マスクが売ってます」


「だから何だってんだよ」

「あれ。兄貴。知らないンすか? 今マスクって凄く高く売れるんです。あの店員気弱そうだから脅して全部買い占めりゃ大儲けですよ」

「ばっかやろう!」


 すぱこーん。俺はサブの短く借り上げた後頭部をスリッパで思い切りはたいた。

「いてえっ。何するんすか」

 俺はぐいと顔をサブの近くに寄せる。

「いいか。俺たちは詐欺師だ。誇り高い犯罪者なんだぞ。テンバイヤーみたいな屑の所業に手を染めるんじゃねえっ!!」


 サブはハンカチを出して顔についた俺のつばを拭いている。

「うへえ。兄貴と濃厚接触しちゃったじゃないすか」

「なんだよ。文句あんのかよ」

「だって、兄貴。インフルエンザにかかってウンウン寝込んでたばかりじゃないっすか」


「うん。ライバル企業にインフルエンザの感染者を送り込む商売https://kakuyomu.jp/works/1177354054892513278/episodes/1177354054892513592はちょっと人の道に外れていたから天罰が当たったんだと思う」

「むっちゃ凄いダイマっすね」

「いいんだよ。一応ゆるい連作なんだから」

「そんなメタ発言より、ちゃんと治ったんすよね?」

「ああ。治った。なんとかという特効薬を点滴してもらったからな。モグリの医者でちょっと高かったが良く効いたぞ」


 とか話しているうちに事務所兼自宅の中古マンションにたどり着く。部屋に入るとカレーの香りがした。朝から仕込んでおいたカレーとご飯を深皿によそってテーブルに運ぶ。そうそう、ラッキョウも忘れないようにしなくっちゃな。

「んじゃ。いただきます」

 今日も元気だ。カレーがうまい。


「兄貴。コロナに効く漢方薬を売りつけようとした奴がいるらしいっすよ。先をこされちゃいましたね」

「てめえ、メシ食いながらスマホいじんじゃねえ。行儀悪いなあ」

「へえ。すいません。通知が来たからつい……」


「まあ、そいつはトーシロだな」

「なんでですか?」

「リアリティがねえんだよ。考えてもみな。漢方の本場ったらどこだよ。中国だろ。その中国であれだけ広がったんだ。そんなすげえ漢方薬があったらこんなことになっちゃいねえよ」


「あ。なーるほど。さすが兄貴は頭いいっすね」

「そうでもあるがな。がはは」

「それじゃあ、兄貴だったらどうするんすか?」

「うん。実はもう考えてある」

 俺はラッキョウを指さした。


「ラッキョウですか?」

 俺はカレーの上のパラパラとラッキョウを乗せて口に運ぶ。うーん。この爽やかな酸味と歯触りがカレーとマッチして最高だな。

「意味がわかんないっすよ?」


「しょうがねえな。考えてもみろ。鳥取県には感染者が1名しか出てねえ。それはなぜか。あそこはなカレーを無茶苦茶食うんだよ。香川県のうどんほどじゃねえがな」

「だったらカレーが効いてるんじゃ」


「違えよ。だったら何で本場のインドで感染が拡大してんだ?」

「なるほど」

「で、日本にあってインドに無い物を考えた。それがラッキョウってわけよ」

「福神漬けかもしれませんよ」


「それはねえな。鳥取県はらっきょうの生産量日本一を鹿児島県と争っている。愛県精神の強い鳥取人がそんな裏切り行為をするわけがねえ。つまり、コロナウィルスにはラッキョウが効くんだよ」

「マジすか?」


 サブのやつは全然手を付けてなかったラッキョウを自分の皿に大量移住させる。

「おい。俺の分がなくなるじゃねえか」

「すいません」

「まあ、いいや。どっかのアホが考えた漢方薬よりよっぽど説得力があるだろう? それじゃ、さっそく午後からじゃんじゃん電話をかけまくるぞ」


「兄貴。岩手県は感染者ゼロっすよね。そっちの方がいいんじゃ」

「ああ。あそこはダメだ」

「なんでですか?」

「あそこはな地域で食文化が違い過ぎるんだよ。海沿いの連中は盛岡の冷麺を奇異の目で眺めてるぐらいだからな」


「へえ」

「内陸部は内陸部で、わんこソバ勢力圏と盛岡冷麺勢力圏で争っているし、盛岡市内でも冷麺派とじゃじゃ麺派という内部抗争を抱えている。県民食ってのがねえんだよ。だから鳥取アンドラッキョウ。これっきゃねえ」


「でも、兄貴。……あ、怒らないっすか?」

「何がだよ」

「だって、すぐ兄貴、怒るから」

「なんだ。怒らねえから、言いたいことがあるなら言ってみな。どうせ大した話じゃねえんだろうけどな」


「んじゃ言いますよ。それこそ、ラッキョウなんてどこにでも売ってるじゃないすか。貧乏なうちでも買えるぐらいに。わざわざ兄貴から買う必要なんかないっすよね?」

 俺はぐっとこらえて、ラッキョウをかりりと噛みしめカレーとのハーモニーを味わうふりをするのだった。

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