第13話 開けた蓋を閉じてみた


 ゴブリンの群れ《・》。


 その数が20や30であれば、その表現は間違いではない。

 しかし、100を越え、それを統率するものがいるならば、どうだろうか。


 メリルは先頭で地面に額を擦り付けているそれを見る。


 他のゴブリンよりも一回り大きな体躯、冒険者から剥ぎ取ったであろう立派な身なりのそれは腰蓑ひとつの他のゴブリンとは纏う空気もその姿も一線を画している。


 その額を飾るサークレットはゴブリンたちにとって、特別な意味合いが含まれる。


 ゴブリンの王ゴブリンキングと呼ばれる変異体。


 その両脇に控えるのはゴブリンキングに劣るものの、これまた変異体である。

 武装したそれらは並の人間よりも一回り大きい。


 ゴブリン将軍ゴブリンジェネラルだ。


 冒険者の中では「駆け出し」から「初級」に至る為のみそぎ代わりに狩られる事の多いゴブリンだが、それはあくまでも2,3体程度の話だ。


 冒険者が多くの場合、ゴブリンの集団を群れ、と称するように、知能が低い反面ずる賢さを持つゴブリンが維持できるのは20~30匹程度がせいぜいである。それ以上となると統率が困難になり、空中分解を起こしていくつかの群として作り直す。


 50を超えると異常事態、100を超えると非常事態と言われている。


 理由はメリルの目の前にひれ伏すそれらが事実だ。

 統率に長けた王、指揮系統を束ねる将軍と揃ってしまえばちょっとした軍隊に匹敵する。


 首都から半日の距離に他の地域より厄介な・・・ゴブリンの生息する地域があるのはここいらでは有名な話であるが、まさかキングやジェネラルが発生しているとは思うまい。


 しかし、何よりメリルの言いたい事は


「前回よりも種類と数が増えてる気がするんだけど……」


 ジェネラルに続くのは魔術師メイジ騎手ライダー、いずれもゴブリンの上位種である。


 背後で鎧が軋みをあげ、その音にゴブリンの中により一層の緊張感が増した。


「ま、マジョサマ、主人ロードガおマチ……」


 地面に額どころか顔を押し付け、身を縮め、絞り出すように声をあげるゴブリンキングはいっそ憐れに見えた。


 原因は言わずもがな、彼女の背後の不死者アンデッドであるのだが。


「ありがとう」


 礼を告げ、メリルは彷徨う鎧ワンダリングアーマーを引き連れて奥へと進んだ。

 普段は案内役のゴブリンがつくのだが、ゴブリンキングがあの状態では無理だろう。



(ゴブリンキングって結構プライド高いし、格上でも生半可な相手でも怯まない生き物だった筈だけど……)


 ちらり、と背後の鎧を見やる。


「生半可じゃ、ないもんねぇ……」

「…………?」


 メリルの独り言に彷徨う鎧ワンダリングアーマーは首を傾げるのだった。



 §



「魔女様!! お待ちしておりましたわ!!」


 メリルたちを出迎えたのは、一人の女だった。


「私、今日ここに来るって言ったっけ?」

「嫌ですわ、魔女様、この地に足を踏み入れて尚、魔女様のご来訪を把握できない無能ではありませんでしてよ」


 まあ、要領を得ない報告を理解するのに時間がかかりましたが、と独り言を呟く。


 うねるような赤い髪に指を絡ませ、拗ねるような仕種で流し目を向ける女はどこからどう見ても美女であり、視線を向けられた相手がメリルでなく、何も知らぬ男であれば鼻の下を伸ばしていたところだろう。


「ところでエルザ」

「はい、なんでしょう魔女様!」

「あなたに聞きたい事があって来たの」

「あの、魔女様に無礼を働いた3人組くずの事でしょうか?」

「それも、あったなぁ……、」


 エルザに言われて3人組を思い出した。身柄の行く末がはっきりするまではしばらく注意を払うつもりでいたが、彷徨う鎧ワンダリングアーマーの件ですっかり忘れていた。


「そっちも後で聞くけど……」


 言い淀んだメリルの視線を追うように彼女の背後に立つ彷徨う鎧ワンダリングアーマーを見て、途端にエルザの態度は無感動なものに変わった。


「ああ、それ」


 優先されるべきメリルを差し置き、恐慌を来たした斥候はメリルではなく、この鎧の存在を先に告げたのだ。メリルのどんな急な来訪にも、常に万全の態勢で迎えるエルザの手筈が大いに狂った原因である。お陰で色々と準備が滞った。


「それが、どうかなさったんですか?魔女様?」


 エルザは応接間にメリルを招き入れ、クッションのきいたソファへと促した。

 もちろん、背後の鎧には気にもかけない。

 彷徨う鎧ワンダリングアーマーはと言えば、軋んだ音を立てて、座ったメリルの斜め後ろに佇んだ。

 特に言葉や空気を発したわけではないが、彼なりに何かあればメリルに何かあっても守れるような位置取りをしているように見えたそれに、エルザはこの大きな鎧への評価をほんの少し、ミリ単位くらいは上げてやってもいいと考えた。


 メリルが腰を落ち着けたのを見計らい、エルザは用意した茶葉に湯を注ぎ、メリルの前へと差し出した。


 メリルは差し出されたものを受け取り、一口だけゆっくりと味わい、ほっと、一息ついた。

 ここに来るまで予想外の連続だった事に気づき、一瞬だけちょっと遠い目になった。


「実はね」


 今頃は国も教会も、村の調査をしているころだろう。少しくらいはここでゆっくりしてもばちはあたらない。そんな事を思いながら、メリルは今朝からわずか半日の間に起こった様々をエルザへと語った。







 

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呪われ騎士と救いの魔女(仮) かずほ @feiryacan

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