最終話 オレ達はいつだってパンチラの向こう側を求めてる! 

 小屋のドアを開けると、セナが椅子に座って待っていた。たどたどしくあいだ少年は声を掛ける。


「セナ、なんつーか、その、ありが……」

「あ、三人ともゴメン。不味い事になった」


 セナはあいだ少年の言葉をさえぎって、そう言った。彼女の言葉を三人が咀嚼できないでいると、

「やあ少年達、奇遇だねぇ。ま、こんなとこで話しもなんだ。とりあえず署まで来てもらおうか。二人は現行犯逮捕されているようだし、警官の真似をするのは犯罪なんだぞ。知ってたか? 今回は逃げられないな」


 開いたままのドアから猿股刑事が顔を出した。猿股刑事はあいだ少年とキドケンの手錠と、マッドの服装を見て笑っている。


「待ってくれよ、猿股刑事。あなたは薬物事件でこの辺りを捜査してたんじゃないですか? ならオレ達は無関係です」

 あいだ少年は猿股に言った。

「証拠はないだろ? 言い訳は署で他の連中と一緒にゆっくり聞いてやるから」

「証拠はないけれど、オレ達はあいつらと違う。絶対に曲げちゃいけないルールの元に生きてるんだ。一緒にしないでくれ」

 あいだ少年が叫ぶ。

「ルール? ほう。聞かせてもらおうか」

 口元だけ笑って答える猿股。

「猿股刑事、心して聞いてくれよ。その一! キドケン言ってやれ」

 キドケンが「おうよ!」と大声で答える。

「その一、弱気を守れ! 幼女は見て愛でる為の物である! だから児童ポルノは認めねえ! その二。マッド言ってやれ!」

 マッドが「任せろ!」と鼻息荒く答える。

「その二、固定概念にとらわれるな! 見た目や年齢に左右されず設定を受け入れる柔軟さを持て! 次でラストだ。ミツオ言ってやれ!」

「その三」

 間少年が叫ぶ。

「限界を作るな! オレ達はいつだってパンチラの向こう側を求めてるんだ! どうだ猿股刑事! オレ達があのチンピラ達みたいに不純な人間に見えるか?」

「分かったから、死ねよ、お前ら」

 セナは三人に吐き捨てる。


 猿股は目を瞑って彼らのルールに聞き入っていた。それから静かに拍手をした。

「素晴らしい」

(駄目だ、この大人)

 セナだけはそう思った。


「確かに聞かせてもらったぞ。君達の信念、よくわかった。気を付けて帰ると良い」

 三人は胸をなでおろす。

「なんて言うと思ったか! 言い訳無用だ! 全員署に来い!」

 猿股は一番近くにいた間少年の腕を掴んで引っ張った。だが、間少年を引き留める気配があった。ミサコが間少年の服を掴んでいた。


「ゴメンなミサコ。まだ花火はできそうにないや」

 間少年はミサコに言った。

「……今、ミサコと言ったか、ミツオ君?」


 猿股は間少年から手を放し、それから

「気が変わった」

 と言って猿股は近くにあった椅子に腰を下ろした。


「君達のいない間に小屋の中を調べたんだ。バカな物ばかり出てきたが薬物に関係するような物はなかった……君達はここで何してるんだ?」

「別に何も……」

 マッドは呟くが、猿股が睨みつけると黙りこんだ。

「ゴミ捨て場に落ちてた物をリサイクルして売ってたんだよ。悪いか?」

 キドケンが答えるが

「コピーしたアダルトビデオの山はなんだ?」

 と猿股が言い返す。


「悪い事だとは知ってます。オレ達はリサイクル以外にも違法コピーしたDVDを売ってました」

 間少年は静かに言った。

「それは推測できた。だが分からない事があるんだ、ミツオ君。さっき、ミサコって言ったよな? あれは誰だい?」

「アタシが説明しよう」

 セナが割って入った。

「ミツオには今、ミサコって名前の子供の幽霊が取り憑いてるの。アタシもさっき取り憑かれたんだけどね。お陰でその子を通じて色々とわかったわ。その子、十五年くらい前にこの辺りで死んだみたいね。多分、家族と一緒に。でもその子だけ幼すぎて、自分が死んだって理解出来なかったみたい。その子の名字だけど……」

「佐々木」

 静かに猿股が言った。

「何で知ってるの?」

 セナが驚く。

「少し話そうか」

 そう言うと猿股は懐からタバコを取り出し火を付けた。


「今から十五年前、父と母と娘の三人が車の中で亡くなる事件がこの場所で起こった。私が刑事になって最初に配属された現場だ。君達は覚えていないだろうが、事件は佐々木一家死亡事件と呼ばれマスコミも大いに騒いでいたな」

「その事件なら最近、時効を迎えたってニュースを見た」

 セナが言う。

「事件は殺人事件と一家心中の両方の可能性を考え捜査が勧められたが、捜査状況を踏まえると明らかに心中の可能性が高かった。だが、マスコミはよりセンセーショナルな殺人事件を前提とした報道を行った」

「警察の捜査が間違ってた、って事はないのかよ」

 とキドケン。

「それはないだろう。当初上がった殺人の証拠は全て間違いであったと証明された。逆に心中である証拠は捜査段階でいくつも見つかった」

「じゃ、なんで時効になるまで殺人事件扱いされてたんですか?」

 マッドが眉をひそめる。

「あの当時の報道のやり方が、ヒステリーを生み出していたんだろう。それを見た日本中が殺人事件だと思い込んでいた。お陰で聞き込みをしてもみんな先入観を持ってしまっているから、的を射た情報が入らない。おまけに警察の上の方も、報道や市民の声を無視できずに捜査の舵取りを誤まって……おっと、悪いね。愚痴が混じった」

 猿股は苦笑いを浮かべた。


「その事件に、随分思いれがあるみたいですね」

 間少年が猿股に言った。

「そりゃそうさ。佐々木一家はオレの住んでるアパートの隣の部屋だったんだからな。気づけなかった事を悔やまなかった日はない。だから何としてでもオレは真相を知りたかった。だが捜査は時間が立つにつれ縮小し、捜査の方向性が違う私は担当からはずされた」

「その佐々木一家の娘って言うのが」

 間少年は静かに口を動かした。

「美沙子ちゃんだ。ミツオ君には見えているんだろ? お気に入りだったヒマワリのヘアゴムを付けた彼女が」

 間少年は「はい」と頷いた。


 それから小屋の中に沈黙が訪れた。名前を呼ばれた美沙子は大きな目を開いて、不思議そうに彼らを見わたしていた。

「その子に憑りつかれた時に分かった事なんだけどね」

 セナが静かに沈黙を破った。

「事件の真相は猿股さんの言う通りだったみたいなの。ミサコちゃんは薬を飲まされて朦朧もうろうとしてたから、はっきり覚えていないようだけど」

「そうか」

 猿股が小さく呟く。

 それからタバコの煙を吸い込み、吐いた。疲れたような、安心したような遠い目をしてもう一度「そうか」と煙と一緒に呟いた。


「アタシからミサコちゃんに説明しましょうか? そうすれば彼女は帰るべき場所へ帰れると思うの」

「ちょっと待ってくれ」

 間少年が言った。


※ ※ ※


「待たせたな少年達」

 そう言いながらパトカーを降りる猿股の両手には沢山の花火が抱えられていた。

「そんなに沢山、良いのかよ、猿股のおっさんの奢りだろ」

 キドケンが言う。

「気にするな。美沙子ちゃんへの線香代わりだ」

 猿股は笑って答えた。

「それに君達がここで遊べるのも今日で最後だ」

「何でですか! オレ達無罪放免でしょ!」

 マッドが噛みつく。

「今回は見逃しておくけど、お前らのどこが無罪なんだ。それにな……」

「それに?」

「この場所は危ないんだよ、怪我でもしたらどうするんだ!」

 猿股の言葉にぐうの音も出ない三人はしょぼくれた。だが立ち直るのも早い。

「最後だから、パーっと行こうぜ」

 と全員で花火に火を付けた。


※ ※ ※


 あらかた花火を打ち上げた後、間少年は美沙子と一緒に線香花火を見つめていた。十五年前に死んだ美沙子がもし生きていたとしたら、自分と同年代の少女になっていたと考えると切なかった。


「楽しかった?」

 間少年は美沙子に聞いた。

「うん、とっても」

 線香花火の火花が小さくなっていく。

 先端で丸まった赤い玉が小さくしぼんでいく。

 気が付くと美沙子の姿が見えなくなっていた。

「成仏したみたいね」

 セナが言った。


 少し遠くでキドケンが猿股と騒いでいた。組手をしているようだ。キドケンが猿股に腕ひしぎ十字固めを決められて悶絶している。

「キドケン、そろそろ降参しろよ」

 キドケンの顔を覗き込んでマッドが笑った。

「まだ負けてねえ! 心が折れなきゃ喧嘩は負けじゃねえ!」

「心が折れる前に腕が折れちまうぞ」

 猿股が力を入れるとキドケンが情けない叫び声をあげた。


「今日の所は負けにしといてやる。けどな、次はそうはいかねえぞ」

「背伸びすんなよ、キドケン。勝てる相手じゃないって」

「いや、なかなか良いセンスだぞ、木戸君は。うちの署の道場に遊びに来ると良い。いつでも相手してやるよ」

 組手が終わると猿股、マッド、キドケンの三人は缶ビールを飲みながら大声で話し合っていた。

「不良警官め」

  セナが呟く。セナの隣に座っていた間少年は笑った。

「そう言えばさ、セナ……」

  間少年は改まって言った。

「何?」

「ありがとな」

「どうでもいいわ、ボケ」

 そっけなくセナは答える。


 その時、間少年の頭に何かが落ちてきた。

「アタシよりも、ミサコちゃんに礼を言いな」

 頭に落ちてきた物を間少年は手に取った。それは少し汚れたヒマワリのヘアゴムだった。

(ありがとな、ミサコ)

 間少年は強く目を閉じて、心の中でそう言った。


※ ※ ※


 草木も眠る丑三つ時。

 ようやく。そう。ようやくなのだ。

 長い長いオナ禁期間を経て、ようやく間少年は花火を打ち上げたのだ!


 彼は液晶モニターを見つめたまま黄昏たそがれていた。くしゃくしゃの塵紙を握りしめたまま。

 数時間前、美沙子との別れに人知れず涙したとは思えない厚顔無恥ぶりだ。


 だが、ここはあえて間少年に助け船を出す事にしよう。


 美沙子が間少年に憑りついている間、なぜ彼は禁欲をしていたのか? それは羞恥心が原因ではない。ただただ美沙子を傷つけたくなかったからだ。それは言ってしまえば間少年の自己満足にすぎない。

 そして今夜、彼女を傷つける心配がなくなったので、彼は思う存分アダルトビデオを満喫した。もちろんこっちは完全なる自己満足。

 美沙子に対する思いと、たった今ぶっこいたオナニーは別次元の問題なのであるが、別問題でありながら一本筋が通っているのだ。


 間少年はオナニー野郎だ。

 馬鹿で、根性無しで、間抜けで、右手にしごくクセになぜか左へと湾曲しているが、どこまでもまっすぐなオナニー野郎なのだ。


 間少年はDVDデッキから『はだかでおふろ2・○学生の泡風呂日記』を取りだした。さほど凝った作品ではなかったが禁欲後の一発ともなれば思い入れもひとしおだった。

 だが、さすがの禁欲明けである。一発では物足りない。

 デザート的な物はないかと考えていたところ、ふと足元に鳥肌が走った。


(まさか!)

 間少年は心の中で叫んだ。鳥肌は寒気に変わり、次第に寒気は強烈な視線に変化していった。

 恐る恐る、間少年は、椅子の下へ目線を向けた。


そこには防空頭巾を被った女学生がいた。さすがの間少年も今回は幽霊だとすぐに分かった。

「……あのー? いつから居られたんですか?(見られた? 見られた? また見られた……?)」

 恐る恐る尋ねる。緊張と恐怖で、握りしめていたジュニアはみるみる萎んでいく。美沙子には慣れたが、幽霊に慣れるほど間少年の神経は太くない。


 女学生は無言のままだ。

「もしもし、聞こえてます……?」

 すると女学生の防空頭巾の隙間から赤い血が一筋流れてきた。

(もう無理ぃ……)

 数日前と同様、間少年の意識は遠のいて行く。

 そして、再び禁欲生活が始まるのだった。

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まだ大人の階段なんて登ってないのに、他人の水子に憑りつかれて今夜も禁欲生活です。 D・Ghost works @D-ghost-works

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