第11話 設定が女子高生ならそれは女子高生なのだ!
車のヘッドライトが照明代わりに灯されている。その明かりの中、数十人の島高生が何かに酔ったように騒いでいた。
「さっさと白状しな」
藤田が
「お前薬の事知ってんだろ? この前、オレ達の取引を見てたんじゃねーのか。不味いんだよ、他の奴に知られちゃ」
藤田はポケットからフリスクのケースを取り出し、一粒口に入れ、噛み砕いた。彼は軽い痙攣を起したように身ぶるいし、音を立てて息を吸い込む。瞳孔が開き、正気とはかけ離れた笑顔が口に現れている。
「お前以外に知ってる奴はいるのか? おい、答えろよ」
(知らない、薬なんて知らない)
(思えばやり残した事が一杯あったな。まず、オレ童貞のままじゃん。ファーストキスすらやってねえよ。そもそも、中学時代のフォークダンスを別にしたら、女の子と手を繋いだ事もないんじゃないか? うわ、オレ、しょっぱいなあ。ま、今さら後悔しても遅いか。どうしようもねえよ。あ、そう言えば……)
ミサコと一緒に花火やってなかったな。
顔面にめがけて飛んで来た藤田の蹴りに体が反応した。どこにそんな力が残っていたのか、とっさに体をねじって蹴りをかわす。
「なんだ。そろそろ終わらせようと思ってたのに。早く楽になりてえだろ? ここなら死んでも誰にも見つからないし、のんびりできるよなぁ?」
藤田の言葉に、周りのチンピラが常軌を逸した笑い声を上げる。
(わかんねぇよ。わかんねぇけど、とにかくまだ死にたくねえんだよ)
勝ち目はない。逃げ場もない。そんな状況だが間少年は藤田を睨み上げた。
間少年から離れた場所で怒鳴り声が上がった。続いて誰かが殴られたような鈍い音が響く。藤田は後ろを振り向き音の出所を探す。暗がりから一人、沢工の制服を着た少年が現れた。
「お前ら覚悟はできてんだろうなぁ!」
キドケンだった。周囲のチンピラ達はキドケンから距離を取る。
「沢工相手にビビってんじゃねえよ! あの学校には、ここで倒れてるようなクズしかいねえんだぞ」
藤田の言葉に煽られた一人のチンピラが、右手を大きく振りかぶって殴りかかった。だがキドケンはそのパンチに合わせてチンピラの顔面に回し蹴りを叩きこむ。キドケンの長い脚が鞭のようにしなり、蹴られたチンピラは頭から倒れ込んでピクリとも動かない。
「おい、藤田。オレを馬鹿にしなけりゃ、そいつを馬鹿にすんのは構わねえ。けどな、そいつに手を出す事はこのオレが許さねぇ!」
普段、悪態をつき合うキドケンが投げかける言葉と違った。(キドケン……)間少年の心の中で熱い物がこみ上げてくる。
「そいつはオレの獲物だ!」
本っ当、良い友達を持ったよ、オレは‼
間少年は心の中で嘆いた。
オレの感動を返せっつんだよ。文句の一つでも言ってやりたいが、あいにく大声なんかでない。
「少しは骨がありそうだな」
藤田はキドケンに近づいていく。チンピラ達は道を開け、藤田は懐から取り出したナイフを構え、間合いに入ると一気に飛び込んだ。
一撃だった。
キドケンの前蹴りが藤田の鳩尾を捕らえる。そのままキドケンは藤田を踏み潰して、間少年の所まで一気に駆け込んだ。藤田は痛みにもだえて指一つ動かせないでいる。
「真打登場ってな」
「冗談言ってる場合かよ。この人数でも倒せるのか?」
蚊の鳴くような声で間少年が言った。
「まぁ、無理だな。いくらオレ様が最強でもこれだけの人数は相手しきれねえ」
周囲のチンピラ達は藤田を倒したキドケンに怯んでいたが、数人は手に凶器を持ち様子を見ている。
「どうすんだよ。オレら二人とも殺されちまうよ」
「まあ、オレだけでも時間は稼げる。心配すんな」
キドケンはそう言うと、間少年に背を向けチンピラ達に殴りこんでいった。
「バカ言ってんじゃねえよ」
間少年は痛む腹を押さえながら立ち上がった。手近にあった角材を持って、足を引きずりながら、キドケンの後を追った。
「なれねえ真似すんな、ミツオ。怪我すんぞ」
「もう手遅れだっつーの。体中痛てえよ」
的確にチンピラを殴り倒すキドケン。角材を空振りする間少年。二人の少年は自然と背を預け合い、お互いを守りながら戦っていた。
どれくらいの間、少年達は殴り合っていただろう。突然、ゴミ捨て場にパトカーのサイレンが響いた。続いて何人もの警察官が少年達を取り囲む。
「ガキども、大人しくしろ! 全員確保!」
警察官たちを束ねるのは、あの猿股と言う刑事だった。興奮状態のチンピラは警察官にも攻撃を仕掛けるが屈強な警察官達になす術なく取り押さえられて行く。
「ほら、大人しくしろ!」
そして間少年とキドケンも数人の警察官に取り押さえられ、羽交い絞めにされた。素早い動きで、抵抗もできないまま、手を後ろに回されてると手錠が掛けられる。
「こいつらは自分が連れていきます」
「よし! 任せたぞ」
「いつまでも寝てんな。ほら立て、お前ら」
耳元で警察官辰の声が響いた。背中を押され、無理やり歩かされる二人だが、意識がもうろうとしながらも間少年は不思議に感じていた。キドケンが一切抵抗しないし文句も言わない。しかも何が楽しいのか口元が笑っている。
乱闘の外へ連れ出されると、二人の背中を押していた警察官は大きなため息を着いた。それから
「へへへ、真打登場」
警察官が言った。間少年は振り向いて警察官の顔を見た。
「マッド!」
警官の制服を着たマッドが照れたような笑顔を浮かべていた。
「コスプレ衣装の修繕が終わってて良かった。バレずにすんだみたいだな。とりあえずここはまだ危ない。いったん小屋に戻ろう」
「それよりこれ外せよマッド」
キドケンが手錠を掲げる。
「それも小屋に行ってからだ。向こうに着いたら外してやるよ。久しぶりにオレ様のピッキングツールが火を噴くぜ」
「ちっ、面倒くせえ」
少年達は走った。後方では今も乱闘の騒音が響いている。
※ ※ ※
「そーいやさ、何日か前にキドケンが三年からフリスク、カツアゲしただろ? あれってドラッグだったのかもな。キドケン、フリスク食った後、オレのジュースでうがいしたじゃん? あの後そのジュース飲んだら、すげえ数の全裸の女に迫られる幻覚見た」
小屋に向かいながら間少年は藤田達に拉致されてここまで連れて来られた事を話していた。おそらく藤田達はこの場所でドラッグのやり取りをしていて、その現場を自分に見られたんだと勘違いしたんだろう。
「おい、ミツオ、ちょっと待てよ。オレは裸の女なんて見てねえぞ。マジでふざけんなよ」
「多分、馬鹿にクスリは聞かないんだろうな」
間少年は笑ってあしらう。
「ま、薬物って個人差があるらしいからな」
間少年に食いつくキドケンをマッドがなだめる。
「……なんつーかさ」
彼らのたまり場が見えてくると、間少年は急に口ごもった。キドケンとマッドは歩きながら「何だよ」と、俯く間少年を覗き込む。
「ありがとな。お前ら」
黙りこむマッドとキドケン。それから破裂したように二人は叫んだ。
「気持ち悪りい‼」
「何だよ、お前ら! 人が素直に礼を言ってんのに」
「ま、んなもんどうでもいいさ」
キドケンが軽く受け流す。
「それよりお前の幼馴染と幽霊の幼女にお礼を言っとけ。二人がいなかったらオレ達は何もできなかったしな。警察に電話してくれたのもセナさんなわけだし」
マッドが思い出したように言う。
「セナが?」
「ああ、今、小屋で待ってる」
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