呼び捨て

「えっと……藤花様?」


「アンタ本格的に馬鹿ね」


 彼女はため息をついて、呆れた目で俺を見る。呼び捨ての方がいいということなのだろうが、出会った頃からずっと藤花ちゃんと呼んでいるので、今更変えるのも何か気恥ずかしいというか……。俺がどもって躊躇しているのを察した彼女が畳み掛けてくる。


「あたしももう、ちゃん付けされるようなとしじゃないのよ」


 藤花ちゃんは優柔不断な俺が気に食わないらしく、少しむすっとした顔をする。確かに彼女はどちらかといえば綺麗というか美しいと形容するのに相応ふさわしい、大人っぽい秀麗な顔立ちの、背高の美人だ。藤花さんと呼ぶのが似合いそうな感じ。年齢は詳しくは知らないが、高校二、三年生くらいだろうか。それくらいの歳だともう、呼び捨てで呼び合うのがスタンダードなのかもしれない。女子になったことがないので(あっても困るが)、よくわからない。そういえば、マコちゃんと呼ばれる前は、藤花ちゃんには誠と呼ばれていた気がする。


「じゃ、じゃあ、藤花?とうか、トウカ……慣れないけど、頑張るよ」


「……ん、確かに変な感じ。アンタ最初から藤花ちゃんって呼んでたもんね、そりゃあそうか。


 ……そろそろ行かないとイルカショー間に合わないかも!行こ、マコちゃん」


 藤花は残りのコーヒーフロートをぐいと一気に飲んで立ち上がった。僕もぐずぐずに溶けたペンギンのソーダフロートをぐっと呷って彼女に続いた。


 ***


 イルカショーの水槽に着くと、藤花は最前列の席まで走って行った。びしょ濡れになりそうだな、と思っていると、どうやらカッパの貸し出しをしてくれるらしい。特等席から見るイルカショーは迫力満点で、俺も彼女もおおいにはしゃいだ。思い返せば恥ずかしくなるほどにはしゃぎまくった。途中写真を撮ろうと試みたけれど、俺が撮った写真は全部ブレブレだった。写真技術が無い自分が残念だったが、ショーは言わずもがな最高だった。藤花の無邪気な笑顔が見られたことを差し引いたとしても。


 ショーが終わって、そろそろ帰ろうということになったので、最後にお土産屋さんを覗いた。帰りたくなくて、必要以上にお土産選びに悩んだ。藤花がなんだかんだお父さんにもお母さんにもお土産を買っていて微笑ましい。俺も佐野さんと加山さんと家族にお土産を買い、藤花とつけたいと思ってペアのイルカのキーホルダーを買った。ペアと分かるとつけてくれないかもしれないので、ひとつ既に外した状態で渡すと、彼女はそう来ると思った、とでも言いたげに白熊のぬいぐるみを差し出してくる。


「交換よ。貰ってばっかりじゃ格好つかないしね」


「一生大事にする」


「ありがたくそうしなさいな」


 ふざけてニヤッと笑う藤花にドキッと胸が弾む。白熊のぬいぐるみは万が一にも無くさないように鞄に入れてしっかりとチャックを締めた。この前のようにならないように、藤花を家の近くまで送ってから帰路に着く。


 楽しかったけど、やっぱり呼び捨ては慣れないな、なんて思い出してにやけてしまう。彼女と少しずつ、でも確実に距離が近づいて来ているなんて、少し自惚うぬぼれてもいいだろうか。

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働いてるカフェに美少女が来たから、ケーキ奢ってナンパする。 時瀬青松 @Komane04

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