水族館へ
「藤花ちゃん!」
「よっ!この前先越されたから早めに来てみたけど、遅かったみたいね」
「女の子を待たせるわけにいかないからね」
藤花ちゃんは、自分から誘ったから俺より早く着く予定だったのだと話した。律儀で、なんていい子なのだろうと思う。予定より30分早く集まった俺たちは、藤花ちゃんのお母さんに貰ったチケットで水族館に入った。
暗闇に優しい青が漂う。ガラス越しにカラフルな熱帯の魚や、砂からぴょこぴょこと顔を出すチンアナゴ、ふよふよと泳ぐクラゲなどの、水の生き物たちの世界が広がる。俺と藤花ちゃんが1番長い時間眺めていたのは、悠々としたクラゲの水槽の前だった。ドクターフィッシュの水槽も面白かった。ドクターフィッシュの水槽に手を入れることができるそのコーナーで、藤花ちゃんは子供みたいにはしゃぐ。……いや、実際のところ彼女はまだ17の子供なのだけれど。
「見て見てマコちゃん!魚がたくさん寄ってくる!」
無邪気に笑う彼女の細い指先には小さなドクターフィッシュたちが群がっている。おまえらな、その娘は俺の狙ってる娘だぞ……と魚に嫉妬しそうになりながら、自分も水槽に手を入れた。小さな魚たちが寄ってくる様は、やはり可愛らしい。毒気のない藤花ちゃんの笑顔に、自然と自分の頬も緩む。前言撤回、彼女を笑顔にしてくれた小さな魚たちに感謝だ。
昼飯は、水族館のなかにある、カフェのようなところで食べた。シーフードカレーが人気らしいので、ふたりでそれを頼む。飲み物は藤花ちゃんは白熊コーヒーフロート、俺はペンギンソーダフロートを頼んだ。アイスに白熊やペンギンが描かれていて、可愛い。シーフードカレーにも魚やペンギン、ヒトデなどの形のチーズが乗っていた。
女子高生である藤花ちゃんはこれにも大興奮で、いそいそと写真を撮っていた。
「可愛い……。あたし食べる前にパシャパシャ写真撮ってる奴らの気が知れなかったけど、ちょっとわかる気がする」
「可愛いね。水族館でシーフードカレーってのも、なかなかブラックジョークだなって思うけど」
「はは、確かに〜」
最近彼女から毒が抜けすぎていて怖い。いつか五十倍濃度の猛毒とかが来そうだ。仲良くなれたという判定でいいんだろうか。話していると、話題はペットの話になる。藤花ちゃんの家には犬がいるらしい。彼女に飼われる犬に若干の羨ましさを一瞬抱いてしまう。待て待て、最近やっと人間扱いに昇格したんじゃないか。
「俺は猫飼ってたよ。子供の頃、帰り道に段ボールに入れられてる捨て猫を拾ってきて、父さんに泣きながら頼んでさ」
「俺が世話するからーって?」
「そうそう。宿題してるとノートの上に乗ってきて邪魔してくるような、可愛い子だったんだけどね」
可愛い……と藤花ちゃんが顔を綻ばせる。その柔らかい笑顔を崩したくなくて、拾ってきた10年後くらいに、その子が突然いなくなったきり帰ってこなかった話はしなかった。彼女とは、楽しい話をしたい。もっと彼女の笑顔を作りたい……なんて、そこまでは恐れ多いけど。
ふいに、藤花ちゃんが言う。
「ねえ、その藤花ちゃんっていうのやめない?」
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