不器用な少女

「ねぇ、ちょっと話したいんだけど」


 赤い髪飾りの少女……藤花はツンとした瞳で誠にそう言う。俺はコーヒーを誠に淹れてやり、話して来いと伝えた。隠れ真面目な誠は少し戸惑いつつも、礼を言って笑う。


 俺……加山義朗は藤花の父、太一に誠の話をしたことを少し後悔したような気持ちになっていた。藤花が楽しそうにしていると教えて、喜ばせるつもりが、プロポーズをしたらしいという話に飛んだらしい。俺自体、昔男が女に簪を贈ることが、今で言う指輪のような意味であることなんて知らなかった。


 全く、賢いんだか馬鹿なんだか……。


 太一の場合は親バカなのだろう。可愛い娘を持ってしまった男の末路か……。俺はニッと笑う藤花と、顔を赤くする誠を遠巻きに眺めて溜息をつく。藤花は、よく笑うようになった。俺は前までの自分の行動を、後悔しているのかもしれない。間違っていたのかは分からない。


 でも今は、誠と出会った藤花は、楽しそうで生き生きしていて。


 そんな今がある。


 それだけで、いいか。


 ***


 ちょっと話したい、と言われて動揺する。もうメールしてくるなとか、会うなとかだったら如何しようか。俺は無理矢理にでも会って振り向かせる心算つもりだけど……なんて悶々としていると、藤花ちゃんの頼んだブラックのコーヒーと、奢りのティラミスに加えてもうひとつ、湯気のたつコーヒーカップがトレーに載せられた。こっくりした薄茶色を見て気付く、これはカフェオレだ。


「藤花と話してこいよ。今は客も多かねえから」


 子供舌な俺の為にわざわざカフェオレを作ってくれた加山さんに頭を下げて礼をし、藤花ちゃんの元に行く。藤花ちゃんはソワソワしているようで、俺と目が合うなり、早く、と口だけを動かして伝えてきた。早歩きでトレーを運び、日向になっている藤花ちゃんの向かいの席に座る。


「この前は父さんがごめんね。あのオヤジ、思い込み激しくて」


「いいよ全然!ちょっと楽しかったし」


 少ししゅんとしていた藤花ちゃんがぱっと顔を明るくする。


「あとさ、良ければっていうか、暇ならなんだけど……母さんが水族館のチケットくれたの。あのオヤジが迷惑掛けたからさ、忙しくなければで良いんだけど」


 もじもじと言葉を探しながら、藤花ちゃんが言った。可愛い……じゃなくて、俺は今デートに誘われてるんだよな?夢幻ゆめまぼろしでもなく、とうとう頭がおかしくなったのでもなく、現実で、大好きな人に。


「行く!俺絶対行きたい!好き!……す、水族館が!」


「本当に!?あたしも水族館、好きなんだ。良かったぁ……。……っていうか、あんた必死過ぎ、水族館じゃなくてあたしと出かけるのが楽しみだったりしてね」


「なっ……!?なんでバレてんだよ!?」


「マコちゃんてば可愛いんだからァ」


 ニッ、と唇を三日月型にして笑う藤花ちゃんは、楽しそうに俺を揶揄う。彼女が楽しそうにしているのは嬉しいが、複雑な気持ちだ。


「ってかそれ佐野さんの真似だろ。なんかちょっと似てる」


「でしょ」


 俺の言葉で彼女が顔を赤らめる、なんて、そんな恋愛小説のシナリオみたいな感じじゃないけど、俺は藤花ちゃんが笑ってくれればそれでいい。最初に比べれば扱いも優しくなってきたものだ。もしかしたら、なんて淡い期待をしてしまう程には。


 こんな時間が、ずっと続けば、それより幸せなことは無いのに。


 今は可愛いも好きも伝えられないけど、いつか絶対、言ってやるんだ。

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