勘違い

「勘違いですお父さん!」


「お義父とうさん!?」


「違いますッて!」



 デートが終わる頃には、空が薄暗く染まってしまっていた。彼女を家に送ったのはいいのだが、俺はそこで彼女のお父さんと鉢合わせてしまったのである。お父さんは俺のことを藤花ちゃんの彼氏だと思ったらしく、もの凄い勢いで糾弾してくる。まあ、藤花ちゃんみたいな可愛い娘を持ったら心配なのはわかるし、満更でも無いのだが、隣にいる本人が真っ赤な顔で静かに怒っているのである。如何したものか……。



「そうか、君が浅石誠なんだな!?俺の娘にプロポーズをしたっていう……!」


「ぷ、プロポーズぅ!?」


「……父さんいい加減にしてくれる」



 彼女が冷たく言い放ち、お父さんをギロっと睨んだ。藤花ちゃんも思春期なのだ、無理もない……。というか、プロポーズってなんの話なんだろうか。それに、お父さんは何故俺の名前を知っていたのだろう。



「なんで父さんがあたしの友達の名前知ってんの。あたし、フルネームで教えたことないよね?ねぇ、説明してよ。人に質問するんだから、自分だって答える必要あると思うんだけど?」


「……義朗から聞いたんだよ!藤花が最近楽しそうだから、お前のカフェで何かあったのかって聞いたら、浅石誠とかいうチャラついた野郎と仲良くなってるって!」


「義朗……って加山さんですか!?」



 加山さん何してくれてるんだ!大体俺はプロポーズなんてする勇気無いし、するならもっと順を追ってするつもりだ。そういえば、確かに加山さん、藤花ちゃんのお父さんと友達だって言ってた……。



「あたしプロポーズなんかされてないし、付き合って無いんだけど?どうせ父さんがはやとちったんでしょ、加山さんは本当はなんて言ってたのよ」


「簪をあげたって……」


「ハァ……大昔はそれ、常識だったのかもしんないけどさぁ、今時の若者が知るわけ無いじゃん。こいつは簪を贈る意味なんか知らなかっただけ。プロポーズじゃない」



 簪……って、プロポーズなのか?



『頑張ってくださいね』


『イマドキの若い子は知らんかー』


『はぁ!?これ、あたしに!?』


『深い意味は無いんでしょ?』


 思い出される、ただのプレゼントにしては不自然な会話の数々。でも、簪にプロポーズの意味合いがあったのだとしたら、何もかもが繋がる。


 俺は……プロポーズしてしまったのか?



「確かに藤花はもう結婚できる年齢だ。だがお父さんは、お父さんはなぁ!まだお前を手放すつもりは無い!ハッキリ言おう。まだ駄目だ!」


「だからぁ、結婚の話まで行ってんのアンタだけだって」


「責任取ります……!」


「アンタは余計なコト言うな」


 ***


「はは、そりゃ悪いことしたな」


「絶対悪いと思ってませんよね」


「あらあら」


 ぷんぷん怒る俺を見ても、加山さんは悪びれもせず、楽しそうに俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。藤花ちゃんのお父さんが過保護なのは昔から変わらないらしい。まぁ、あれだけの美少女だったら外に出すのも心配かもしれない。どこの馬の骨とも分からぬ男と……って、この状況で馬の骨なのは俺か。


 はあぁ……と深くため息する。


 藤花ちゃんが俺のことを避けたら如何しようか。会ってくれなくなったら……。いや、俺なんか最初から、馬の骨どころか害虫扱いなのだが。


 やっと人間扱いに昇格してたのにな。


 テーブルを布巾で拭きながら、花曇りの空をぼうっと眺めて、藤花ちゃんを想う。


 いつの間にか、彼女が頭から離れなくなっていることに、漸く気付いた俺だった。

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