美術館デート
立派で不思議な造形の建物に入り、ひとたびカンバスの並ぶ部屋に入ると、静寂と涼しさに包まれる。普段はあまり触れることのない『芸術』の為だけの空間は案外心地よくて好きだ。ひとり暮らしの家の陰鬱な静けさとは違う、時がゆっくりと、空を泳ぐ雲のように流れているような感覚。俺は芸術の勉強は全くと言って良いほどしていないし、そういう観点からの理解は出来ないけれど、美術館で絵や彫刻を見るのは結構好きだ。
ぼんやりと、取り留めのないことを漠々と考えながら、ふらふらと絵の前を通り過ぎる。気まぐれに立ち止まってはまじまじと見つめてみたり、勝手な解釈をしてみたりする。個人的には、油絵の、絵の具の塗り重なってできた
ふと隣を見ると、藤花ちゃんは絵の具の塗りたくられたカンバスを真剣な瞳で真っ直ぐ見つめていた。たまに暫く同じ絵の前に立ち止まっては、穴が開くほどにその絵を見詰める。
そんな姿さえも、背高の花のようで絵になる彼女を横目で見ながら、彼女の視線を捕まえた絵を隣で見る。
俺達は一言も交わすこと無く美術館から出てきた。あっという間な気がしたが、時計を確認すると短針が1を指していた。如何やら、3時間以上美術館を回っていたみたいだ。
そう思うと、お腹が空いてきた。
「楽しかった〜……ねぇマコちゃん、お腹空かない?」
「お腹空いた!けど、久しぶりだったし時間忘れるくらい楽しかった」
「良かった。付き合わせちゃったけど、つまらない思いさせたかと思った。あたし、人と一緒だからこんなにノンビリ見ちゃうつもり無かったんだけどね。さ、ご飯屋さんいこ!」
藤花ちゃんは、美術館の帰りにいつも寄るという洋食屋に連れて行ってくれた。彼女はふわふわの卵にデミグラスソースのかかったオムライス、俺はビーフシチューを頼んだ。ビーフシチューは肉が柔らかくて、とても美味しい。美味しい料理に、自然と会話も弾む。
「あたし美術館はゆーっくり回るのが好きなんだ。けどゆっくり過ぎて一緒に来る人退屈させちゃうことも多くて。だから今日も急ぎめで回るつもりだったんだけど、マコちゃん意外と楽しそうだったからさ。なんか安心しちゃって、いつもよりもノンビリしちゃった」
なんて言う。あまり頻繁に行くでは無いにしろ、美術館を回るというのは好きな方なので、こんな形でもそれが役に立って良かったと思う。
途中でオムライスとビーフシチューを、関節キスにならないようにひと口交換してもらった。
「美味しい。卵とろとろ……!」
「でしょ?これに恋してここの店のメニュー全制覇したの。近く来る度に寄ってさ。ハンバーグも美味しいんだよ」
「ほんとに?それは気になるな。……また誘って良い?またついてきても良い?」
俺が恐る恐る聞くと、藤花ちゃんはなぜかむっとしたような顔をする。断られることを覚悟していると、彼女は少し呆れたように
「捨てられた子犬みたいな顔やめてくれる?もともと断る気無いけどさぁ、ズルいじゃんそれ」
「えぁ、そんな顔した!?……ん?今オッケーした!?」
一瞬遅れて歓喜する俺を、ちょっと冷めた目で、でも面白そうに見る彼女。子供みたいに喜んでしまったのが少し恥ずかしくなって、慌てて手で口を隠す。でも、馬鹿みたいに喜んでいる俺を見て恥ずかしくなったのか、それとも照れているのか、
「楽しかったっつってんでしょ」
と、つっけんどんに、ぶっきらぼうに言う彼女が可愛くて、また頬が緩む。
「好きです……」
「なんでこのタイミング?調子乗ってんなら潰す」
「う、嘘!?」
洋食屋を出て、少し街を歩こうということになった。ショーウィンドウに映る俺と隣を歩く藤花ちゃんは、恋人みたいに見えた。そんなことを言えば多分拳が鳩尾にめり込むことになるだろうから口を噤んだけれど、彼女の隣を歩いている、その事実が嬉しくて、俺は少し姿勢を正して歩いた。
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