言って欲しかったことばを
「あー……」
「あー、って何だよ!?」
俺と会って開口一番、兄貴は悟りの表情でそう言った。兄貴の目線は俺の服を追っている。黒い大きめのパーカーにジーンズにスニーカーというありふれた服装だ。対する兄貴はシャツに薄手の淡い色のセーターに細い黒のスキニー、カッコいいコート、頭にはカッコいい帽子(後で調べたら中折れ帽子というらしい)を被っていて、様になっていた。すっきりしていて清潔感があって、顔面も相まっていい男に見える。
「マコト、パーカー大きすぎるんじゃない?色も全体的に暗すぎ。こりゃあ頑張らなきゃだね」
***
「つ、疲れた……」
家に帰ってきた俺は、独り言を無意識に、盛大に吐いた。買った服を置いて、てきとうに夕飯を済ませて、メールを確認する。少し前に藤花ちゃんから送られたメールがひとつボックスに入っていた。明日がついに、待ちに待ったデートの日なので、明日の予定の確認と遅れんなよ、というメッセージだった。
遅れないよ、寧ろ3時間くらい早く行っちゃいそう。それくらい、楽しみなんだ。
俺はにやにやと気持ち悪く笑いながら
『楽しみで眠れないかも!でも絶対遅刻しないから!藤花ちゃんのことも絶対楽しませるからね!』
と送る。風呂から上がると返信が来ていて
『楽しみにしといてあげる』
と、あった。それがなんだか嬉しくて、ワクワクして、少し緊張して。修学旅行の出発前日みたいな気分で、俺は布団に潜った。暫く心を弾ませて、やっと眠りについた。
***
「まだかな〜……」
楽しみすぎて、結局約束の時間の30分前に到着してしまった俺は、壁に寄り掛かって待っていた。兄貴に選んで貰った、勝負服。何故かパンツまで勝手に選ばれたので、俺は本格的に兄貴のことを通報か、はたまた通院を勧めるかと考え始めた。ブーメランパンツじゃなくて本当に良かった。いや、正確にはそれも勝手に買ってたのだが……。
余計なことを考えるのは止めよう。
青いシャツにベスト、カーキ(今まで緑って呼んでた)のモッズコート(名前は初めて知った)、カジュアルな細身のズボンとスニーカーを履いている。スニーカーとシャツを合わせるとカジュアルとフォーマルのバランスがどうだとか言っていた気がするが、その辺は小難しくてよく分からなかった。
「お待たせ。待った?」
「と、藤花ちゃん!」
スマホをいじって時間を潰していた俺の顔を覗き込むように現れたのは藤花ちゃんだった。黒いぴったりしたニットに、切れ込み(スリットというらしい)の入った茶色のチェックのロングスカート。耳には青い雫のイヤリングが下がっている。頭にはベレー帽が乗っていて、可愛らしい。
なんだか大人っぽくて、清純な色っぽさがある感じだ。
「あんた今回の私服かっこいいね。もしかして、あたしと出掛けるから張り切った?」
「えっえっあっ……うん……なんでばれてるの……?」
「え、本当に?冗談のつもりだったのに〜。お疲れサマ」
彼女の口からさらりと出てきた「かっこいい」に動揺してしまう。君に、一番言って欲しかったことば。嬉しくて気恥ずかしくて、舞い上がるようなこの感じが心地よくて、顔が綻ぶのを感じる。俺は、彼女への想いを実感してから振りまけなくなったあの言葉を、緊張しながら口に出す。前みたいに気の利く言い方は出来ないけど、
「藤花ちゃん、は、か、可愛い……です」
「……ふふ、ありがと、マコちゃん」
確かに心から、君を想ってるから。
じゃあ行くぞー、と、歩き出す藤花ちゃんに慌てて追いついて隣を歩く。足取りは軽く弾んで、空はいつもより青く透き通っている気がした。
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