お誘い

 藤花ちゃんとメールの遣り取りをしていたある日のことだった。彼女が何気なく、美術館に行くのが好きだと言った。彼女は絵を描くし、変に若者っぽくキャピキャピしていないところが彼女らしくていいな、なんて考えていた。駄目元で


『今度着いて行ってもいい?』


 とメールを送る。しかし、この前散々フラれたことを思い出してしまい、


『やっぱり今の無し!記憶から抹消して良いよ!ごめん!』


 とメッセージを打っていると、それを送るより先に返信が来てしまった。断られると凹むから、先に取り下げておこうと思ったのにな。ぎゅっと瞑った目を恐る恐る開けて彼女からのメールを見ると、


『別にいいけど。つまんないかもよ』


 と、素っ気ないOKが光っていた。吃驚しすぎてスマホを落っことしそうになりながら、いつにするか、予定を聞いてみる。メールを待つ間、暫し嬉しさの余韻に浸る。浸ると言っても言葉ほど落ち着いていられるわけも無く、ベッドの上でスマホを抱き締め、ごろごろと高速で転がっていたのだけど。


 出掛ける日が決まり、心が躍るような気分の俺はふと、自分の私服に目をやった。地味で動き易さだけを重視したような服。これを大好きなひととのデート(仮)に着ていくのかと考えると、もう少しカッコつけたい気分になる。誰でも好きな人には良く思われたいものだし、自然なことだ。少し背伸びをすることになっても、俺は藤花ちゃんにカッコいいと思わせたい。あわよくば言わせたい。


 だが、どうすればいいのだろう。ファッション雑誌を買ったつもりが間違えてコスプレの雑誌を買ってしまっていたという友人の失敗談を聞いたことがある俺としては、雑誌を買って参考にするのではなく、誰かお洒落に精通している人に聞きたい。


 身の回りで、お洒落な人……。俺が最初に思い浮かべたのは、兄貴あいつ。癪だが、他にはあまり思い当たらなかった。佐野さんも思いついたのだが、好きな人がいるのに他の女性と出掛けるというのは気が引けた。ここまで考えてもお洒落な友達がいないというのは、ある種の類は友を呼ぶみたいなアレなのだろうか。


 俺は悩みに悩んだ挙句、藤花ちゃんとのデートの3日前、兄貴に電話を掛けた。コワいことに、ワンコールで出た兄貴の優。掛けてから思い出したが、こいつ確か


『恋人ができてマコトの中で俺が霞むのが嫌なだけ!』


 とか言って無かったか?協力なんか、してくれそうにも無い。


「もしも〜し!どうしたの〜、マコト?

 なんか用があるから電話なんかしてきたんでしょ?」


「服……選んで欲しいんだけど」


「はぁ!?なんで僕がマコトのデートの手伝いしなきゃいけないの!?」


 耳が痛くなるほどの大声で兄ちゃんが叫ぶ。デートだとバレてることも怖かったが、兄貴のブラコン具合も少し怖い。将来が心配になる。


「ファッションに疎いマコト×かける服選んでくれ=カッコつけたい=デートでしょ!?」


「当たり前みたいに言うな」


「いいよ付き合ってあげる。僕が格好良くしてあげる。可愛い弟の頼みを聞かずして最高の兄貴は名乗れないもんね!」


「んなもん名乗るな。……待って、良いの⁉︎」


 その後予定を合わせて服を選びに行くことになった。癪だが、兄貴のセンスには期待ができる。街中を歩いていて、スカウトを受けたことが何度かあるような奴だ。顔面を差し引いてもオシャレ偏差値は高い。


 そういえば、何故藤花ちゃんが俺の思い人だと分かって、店で店員を装ってまで話しかけたのかと聞いてみると、


『マコトがクリスマスプレゼントに用意してた手袋をつけていたから』


『マコトの好きそうな子だったから』


『いい子か確かめたかったから』


 と言われた。警察に連れて行くべきなのか精神科に行かせるべきなのか、はたまた頭のお医者さんを勧めるべきなのか分からなくなった俺だった。

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