君の友達

 俺は、その週末に藤花ちゃんの友人のお墓参りに行くことになった。正直、こんなにすぐ連絡が来るとは思って無かったが、友達思いな優しいところも彼女らしいと思った。俺はかなり緊張していた。繊細な少女の心を少しでも明るくできるだろうか、かえって傷つけてしまったり、無理をさせてしまったりしないだろうか。


 そんなことをうじうじ考えているうちにあっという間に約束の日が訪れた。藤花ちゃんも緊張しているようで、墓地に向かう間は何を話してもぎこちなく笑うだけだった。かくいう俺も緊張して、何を話したかなんて後から思い返せばひとつも覚えていなかった。電車から降りて花屋に寄る。花の香りで少し緊張が和らいだのは、藤花ちゃんも同じようだった。彼女が選んだのは洋菊だった。ちいさな花束を抱えた藤花ちゃんは凛として綺麗だった。


「菊って外国の花言葉で、貴方は素晴らしい友達、っていうのがあるんだって」


 彼女は静かにそう言った。花屋を出て、そのまま少し歩くと、墓地が見えた。藤花ちゃんの足がひた、と止まる。俺も隣に並んで止まった。


「あたし、ミオリが居なくなったって思いたくなかった。どんなに逃げたってあの子がいなくなった現実が変わるわけないって分かってたけど、でも……」


「大丈夫。焦らなくても大丈夫だよ」


 藤花ちゃんの足が一歩ずつ歩みを進める。俺も彼女に合わせて隣を歩く。彼女は『葦谷家之墓』と書かれたお墓の前で止まる。藤花ちゃんの友達の名前は、葦谷ミオリさんというみたいだ。


「ミオリ……遅くなって……ごめんね……あたしね、やっと貴方に向き合えるような気がするんだ。ミオリが居なくなってから、色々あったよ。友達、できたんだよ。こいつ、誠っていうの。でもやっぱり、ミオリが居ないと寂しいよ。ミオリが大好きだったよ……今でもまだ、大好きだよ」


 藤花ちゃんは涙を堪えながら、ときどきつっかえながら、それでも静かに言葉を紡ぐ。俺は何故か自分まで泣きそうになりながら、少し離れたところから彼女の後ろ姿を見守っていた。藤花ちゃんは花屋から墓地へ歩く途中、ミオリさんの話をした。何もしてあげられなかったと彼女は言ったが、そんなこと無かったんじゃないかと思う。藤花ちゃんは不器用で照れ性だけど、彼女なりに友達を大切に思ってた。それだけで、ミオリさんは救われたこともあったんじゃないのかと、根拠も無く思う。


 誰かに大切にされると、ふとした瞬間にありがたさを感じたり、救われたりするものだ。


 菊をお供えして俺に振り向いた藤花ちゃんはどこか吹っ切れたような、すっきりとした顔をしていた。


「付き合ってくれて、ありがと。おかげであたし、やっと変われたよ。……って、ちょっと、何泣きそうになってんの。もー、泣くなってのー」


「だって俺ぇ……」


 彼女の笑顔を見て気が抜けた俺は子供みたいにぼろぼろ泣いた。藤花ちゃんはくすっと笑って俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 少し目尻を赤くした藤花ちゃんと、彼女以上に泣きはらした俺は、いつもみたいに喋りながら電車に乗って、いつもの街に帰ってくるのであった。


「またね」


 斜陽に照らされる彼女が、未来への約束のようにそう言う。


「うん、またね」


 大好きな女の子に言われる『またね』がこんなに嬉しいことを、俺は今日初めて知ったのだった。

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