宝物

「いらっしゃいま……!藤花ちゃん!久しぶり!」


「あー、ハイハイ……」


「ど……どうかしたの?」


「はいはい、なんでもないから、いつものお願い」


 明らかに冷たくて素っ気ない藤花ちゃん。何かあったのだろうか、コーヒーとケーキを運んで向いの席に座る俺を見て、露骨に嫌そうな顔をした。いつもは無反応なのだが、流石に嫌になってしまったのだろうか。プライベートにまで踏み込める仲になったと思って喜んでいた俺は少し淋しい気分になる。かと思えばコーヒーとケーキを置いたときに「ありがとう」と笑って、態度がちぐはぐな気がした。話しかけあぐねていると、彼女が話し掛けてくる。


「ねえ、夏って好き?」


「え?好き、かな……」


「あたしはね、嫌いよ。あたしにとって、夏は別れの季節だから」


 彼女が自分のことをすすんで話すのは初めてだった。酷く思い詰めたような、淋しさの滲む瞳で虚空を見つめては、投げやりに言葉を落とす。ふらっと何処かへ消えてしまいそうな、そんな儚げな表情だった。


「大事なものはいつも、夏が奪ってく。夏なんか、あたしは嫌い」


「俺は母さん死んだの冬だったからなぁ……でもさ、藤花ちゃん、その別れが悲しかったの?」


 俺が訊くと、彼女は一瞬訳が分からないような顔をして肯定する。俺は言葉を選ってゆっくり話す。


「俺も悲しかったよ。でもね、別れが悲しかったり惜しかったりすることは俺がその人のことやその人との時間を大切だと思った、大切にしてきた証なんだ……って、思うようになってからは、涙が止まらなくなったことがちょっと誇らしかったり……するんだ」


 藤花ちゃんは大切に、してきた、証……と俺の言葉を小さく繰り返す。それでも悲しいものは悲しかった。忘れられなかった。母さんの笑顔が、離れなかった。それでもいいと思えるようになるまでには時間が掛かった。だから、彼女の気持ちを焦らせたくは無かった。彼女は俺よりもまだずっと未熟な、蕾のような女の子だから。


「あたし、仲良かった女の子がいてさ……。強くて優しくて、小柄だったから、あたしからしたら本当にちっちゃくて可愛くて……。でも、がんで死んじゃった。あたしまだ向き合えなくて……お葬式行ってから、一回も墓参り行けてないんだよね」


 藤花ちゃんの綺麗な瞳から、すーっと一筋涙が溢れた。なんて声を掛ければ正解なのか分からなかった。だけど、大好きな人の心に寄り添いたいと思った。それが例え間違っていても良いと思った。


「落ち着いてからでいい。一緒に会いに行こう。遅れてごめんねって言いに行こう」


 藤花ちゃんは少し笑ってこくっと頷いた。彼女の髪の上で、赤い髪飾りがちら、と光っていた。もっと君に近付きたい。曖昧だった好きが少しずつ形を持ち始めたような気がした。

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