あの夏の日
ミオリのお葬式で、わたしはボロボロ泣いた。こんなにすぐお別れが来るなら、もっとたくさん会いに行けば良かった。戻れないあの夏の日を、つまらないまま繰り返したあの夏の日々を思い出すたび辛かった。
つまらないままで良かったのに。いや、ミオリと一緒だから、つまらないはずの夏休みはつまらなくなんかなかったんだ。
ミオリを思い出すと、わたしは思考が纏まらなくなる。
お葬式が終わって、帰ろうとしたとき、
「アナタがトウカちゃん?」
と、泣き腫らした目の女の人に話しかけられた。斜陽に照らされた茶髪がところどころ金色に光る。その人はミオリのママだった。笑ったときに細くなる目元がよく似ている。
鼻声ではいそうです、と交代すると、ミオリのママは封筒を取り出してわたしに渡した。
「私、美織が病気になったことが受け入れられなかったの。美織をみんなと同じように元気な体で産んであげられなくて、あの子に申し訳なくて仕方なかった。……でも、そうよね、だからこそ、寂しい思いなんてさせるんじゃなかった。私の代わりに美織のこと、たくさん笑顔にしてくれてありがとう」
ミオリのママは後悔していた。わたしもそうだった。痛いとか苦しいとか寂しいとか死ぬのが怖いとか、ミオリは一回も口に出したことはない。わたしが聞いてあげられれば良かったのに。わたしは自分ばっかり話を聞いてもらって、ミオリに何も言ってあげられなかった。その上、ミオリの手を離してしまった。
わたしはミオリに救ってもらってばっかりで、何も……。
家に帰って、ミオリのママに貰った封筒を開けた。中には手紙と、あのヘアピンが入っていた。手紙にはこう書いてあった。
『トウカへ。
元気にしてる?トウカに手紙が渡ったってことはあたしはもう死んじゃってるんだね。あたしね、トウカと仲良くなれて良かったよ。トウカは照れ屋さんだから直接的じゃなかったけど、いつも優しかったよね。あたしが暗いことを言うと決まって、そばにいてくれたのが嬉しかったよ。
夏祭りの約束、破っちゃってごめんね。でもあたし、ほんとにトウカと行きたかったんだよ、嘘じゃないよ。トウカの浴衣姿だって見たかったな、きっときれいだから。
トウカ、これからもたくさん友達作って、あたしとしたみたいに仲良くしてあげてね。あたしのこと、忘れたら化けて出ちゃうんだからね!
じゃあね、ありがとう。
P.S.ヘアピン、トウカに貰って欲しいな。
ミオリより』
枯れるほど流した涙がまた出てきて、手の上に乗る綺麗なガラスの赤い花のヘアピンが歪んで見える。
「ミオリ、わたし……ううん、あたし、ミオリのこと忘れないよ」
小さく呟いた声はあたしの部屋で響くこともなく消える。
あたしの大事な友達はもう、ミオリだけでいい。もし他に仲が良い友達ができてしまったら、ミオリなんかいなくても大丈夫、って証明してるみたいだから。
***
あの夏の日の向こう側のミオリがあたしの心に棲んで、わたしはあたしになった。
ミオリが死んでから、あたしは自分の世界に閉じ籠って絵ばっかり描いてたけど、誠に出逢ってから変わってしまった。
死に向かって時間を削っていたあたしは、いつの間にか生を望んでいた。『ミオリが居なくなった世界』が段々と色づいていく。加山さんや佐野さんとも、店に顔を出したら絶対はなすようになった。麻痺していた心臓が気持ちを取り戻して、
死にたくない
って思わせた。
怖い、怖い、死ぬのが、怖い。いっそあいつになんか出逢わないままなら、こんなに怖くも苦しくも、痛くも無かった。
ベッドに横たわって、涙を堪える。
「幸せになんか、なりたくない……」
いつか終わってしまう幸せなんて、欲しくないのに。
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