あの夏の日

 ミオリはわたしと同じでがんだった。抗がん剤治療を受けていた。明るくていつも笑顔で人懐っこい性格のミオリとわたしはすぐに仲良くなった。わたしは人見知りで、知らない人にはつい素っ気なくしてしまうタイプだったけど、彼女はそれを打ち消せるくらいに社交的だった。


 ミオリの柔らかい声が好きだった。その手の暖かさが好きだった。日に当たるとところどころ金色に光る、茶色の髪が好きだった。儚げな笑顔が好きだった。


 ミオリはいつも、赤い小さな花のついたヘアピンを髪につけていた。そのヘアピンについて聞いてみると、


「これ、誕生日のプレゼントにもらったものなんだ。昔はあたしのママもあたしのこと大好きだったんだよ!……でも、病気になったあたしのことなんて、ママは見たくないみたい」


 と、寂しそうに言う。花のヘアピンはミオリが最後にもらった誕生日プレゼントだったみたいだ。


 わたしは何も言ってあげられない。


 ミオリが寝ている間は退屈だった。だから、彼女が眠っている間はいつも、スケッチブックに絵を描いていた。窓から漏れる空、遠く鳴る渚、何処にも無い景色、画面の中にいそうな女の子。ミオリはいつも


「すごー!トウカ、絵めっちゃ上手いね!」


 なんて褒めてくれる。それが嬉しくて描くたびにミオリに見せた。スケッチブックを初めて見せたのはミオリで、ミオリ以外に見せたことは一度もない。


 親に会えないミオリと偏屈なわたし。


 わたしたちはお互いにのめり込むみたいにどんどん仲良くなっていった。ひとつのベッドに横並びに座って、絵を描いたり本を読んだり、アナログゲームをしたり。ミオリは本を読むのが凄く早くて、面白かった物語を短く纏めて話してくれたり、オススメの本を貸してくれたりした。彼女の隣にいると、彼女のゆっくりした時間や空気感を共有しているようで居心地が良かった。


 彼女と初めて出逢った初夏は過ぎて夏休みが始まって、窓ガラス越しに花火が見えると、夏祭りにわたしも行きたくて、寂しいような悔しいような気分だった。そんなわたしの心が見えるみたいに、ミオリは


「退院したらふたりで夏祭りに行こう!」


 と言った。わたしは嬉しくて、彼女に絶対だよ、と念入りに念押した。ミオリがわたしに小指を差し出す。わたしはその白くて細い指に自分の指を絡ませて指切りした。


 手術が終わって、痛みが引いていくわたしとは裏腹に、彼女の横顔には儚さが増して、彼女はどんどん衰弱していった。彼女の寂しさに真正面からは向き合えないまま、わたしは退院の日が決まった。ミオリはわたしの退院を、まるで自分のことみたいに喜んだ。


「あたしもすぐここから出るから!」


 なんて言って。


 学校が始まっても、わたしはミオリの病室に通った。わたしも動き過ぎると疲れてしまうから、1、2週に一回ではあったけど。まだ夏の暑さの残る日、ミオリに会いにいくと、彼女は頭にすっぽりと帽子を被っていた。綺麗な茶色の髪は、抗がん剤の副作用で抜け落ちてしまったのだ。


「髪の毛無くて余計可愛くないでしょ」


 なんて、悲しそうに笑うミオリに、わたしは


「そんなことない」


 としか言えない。


 どうにかしてあげたかった。


 自分の無力さが痛かった。


 その日以来、弱っていく彼女を見るのが辛かったのと、わたしが会いにいくことで気を遣わせたり、嫌な思いをさせたりしてしまっていたら、そのせいで病気が悪化したらどうしよう、と悪い方にばかり考えが行ってしまって、彼女に会いに行けなくなってしまった。


 夏の暑さが遠のいたようなある日のことだった。


 ミオリが亡くなった。


 わたしは目の前が真っ暗になった。


 あの日した最初で最後の未来への約束は、果たされないままだった。

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