第8話

村長さんの号令で、村の人たちはみな手を合わせて「いただきます」と声をそろえると、一斉に料理を食べ始めました。


 口々に、「おいしいね」「おいしいね」と言いながら。


「こんなうまいものは初めてだ。うちの肉が、こんなにしゃれた料理になるなんて」


 お肉屋さんが言うと、


「本当だなあ。わたしは長い間牛乳をしぼってきたが、ただ飲むことしか知らなかったよ。それから、捨てていた脂肪も、役に立つんだねえ」


 牛飼いも答えました。


「今まで食べたどの卵焼きとも違うなあ。なんだか力がついて、元気が出て来たみたいだ」


 卵屋さんはじっくりとキッシュを味わっています。


「うちの野菜が、こんなにハイカラになるなんて」


 畑を持っているお百姓さんも、コロッケをぱくぱくとほおばっています。


 奥さんたちも、「こんなにおいしいもの、わたし、初めていただいたわ」と言い合いました。


「それに、どの料理も、お米によくあっているよ」


 もみがらを分けてくれた、田んぼ持ちのお百姓さんも感心しました。


 子供たちは冷たいアイスクリームと甘いりんごのパイに大喜びです。



 村長さんが、


「どうですか、きこりの後家さんのお料理は?」


と尋ねると、村の人々はみな、口々に


「おいしい」


「また、食べたい」


と、言いました。


 そこで、村長さんは言いました。


「どうかね? 後家さんはこれから、料理を作って売るお店を開いたら?

 村の人たちが農作業で忙しい時や、具合が良くなくてごはんを作るのが難しい時にも助かるだろう」


「そりゃ、いい考えだ」

 

 卵屋さんがぽんとひざを打つと、奥さんたちも、


「自分では作れないけれど、きこりの後家さんの作ったもの、ちょくちょく食べたいと思ったのよ」


 と、嬉しそうです。


 村人たちはみな、大賛成でした。


心配そうにみなの様子を見守っていたおかあさんは、ようやく笑顔になって答えました。


「村長さん、みなさん、今日は本当にありがとうございました。

 夫を亡くしてから、わたしは何もかも独りでやらなくてはいけない、

 もう誰も助けてはくれないのだから、と思っておりました。

 けれども、それは間違いでした。

 村長さんを初め、村のたくさんの方がわたしと坊やのことを心配してくださり、

 今夜のこの食卓のためにさまざまな材料を分けてくださいました。

 今日使いました材料で、わたしが一から育てたものはひとつもございません。

 すべて村長さんのお知恵から、みなさんが快く分けてくださったものばかりです。

 その上、お店を開くお知恵まで授けていただきました。」


 おかあさんはここでちょっとことばを切りました。

 そして、ひときわ明るい声で続けました。


「ぜひ、そうさせていただきたいと存じます。

 それならわたしにもできますし、坊やにも手伝えます。

 お店を開きましたら、村長さんもみなさんも、どうぞいらしてください。

 これからも、よろしくお願いいたします」


 村の人たちはみんな笑顔で、ぱちぱちと手を叩きました。


 こうしておかあさんは、おそうざい屋さんを開くことになりました。


 おかあさんはお店の名を「きこりの店」とつけました。

 なぜならおかあさんは亡くなったおとうさんを今でも大好きでしたし、これからもずっと愛していくことがわかっていたからです。


 村の人たちは、何かいいことがあったり、仕事を頑張った日や、おいしいものが食べたいなと思った日、それから特に何もない日にも、「きこりの店」におそうざいを買いに行きました。


 お店は毎日、たいそう繁盛し、おかあさんは、自分の料理を食べた村の人たちが幸せな気持ちになってくれるよう願いながら、毎日、おいしいものを心を込めて作り続け、坊やを立派に育てました。




                                (終わり)

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ある後家さんのお話 紫堂文緒(旧・中村文音) @fumine-nakamura

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