第7話

 帰り道、おかあさんは重い荷物を抱えて、村長さんにお礼を言いました。


「村長さん、ありがとうございます。

 おかげさまで、こんなにたくさん食べ物を手に入れられました。

 これだけあれば、当分、暮らしていけるでしょう」


 ところが村長さんは意外なことを言いました。


「いやいや、これはおまえさんと坊やだけで食べるのではないよ。

 実はわたしにもうひとつ考えがあるのだよ」


 そして、こう続けました。


「さあ、これでおいしい料理をたくさんこしらえなさい。

 村の誰もが食べたことのないような、とびきり珍しい美味しい料理、

 しかも毎日食べても飽きの来ない料理をね」


 おかあさんは、村長さんがなにを考えているのかわかりませんでした。


 けれど、今まで村長さんの言うことを聞いて間違ったことがあったでしょうか。


 現に今も、何の役にも立たないと思っていたもみがらで、こんなにたくさんの食べ物が手に入ったではありませんか。


 ですからおかあさんは、何としても村長さんに言われたような料理を作ろう、と決心しました。


 村の誰もがこれまで食べたことのない、しかも毎日のごはんのおかずになるとびきりおいしいものを。


 ですが、さあ、いったい何を作ればいいのでしょう?


 おかあさんは、お嫁に来るとき持って来た、とっておきの料理の本を引っ張り出しました。


 それは嫁入り道具を揃えるときに大きな町の古い本屋で見つけたもので、ここではないどこか遠くの国のおいしい料理がいっぱいのっていました。


 お嫁に来たばかりの頃、まだ今よりずっと若かったおかあさんは、毎日山で一生懸命働く夫のために、その本の中からいくつもの料理を作って食卓をととのえたものでした。


 しかし、いつの頃からか、その本は棚の奥深くしまいこまれていました。


 毎日作るにはあまりに贅沢でしたし、手間ひまもかかりすぎたからです。


 ですが、村の誰もが食べたことのない料理と言われて真っ先に心に浮かんだのは、この本のことでした。


 それで、おかあさんは、昔よく作ったもので夫が好きだったもの、村のみんなの口に合いそうなものは何だろうと考えました。


 そして、よくよく思案して幾つかの献立を選び出すと、早速、調理にとりかかりました。


 さあ、おかあさんと坊やは大忙しです。


 村中の人のごちそうを、限られた時間で二人きりで作るのですから。


 狭い台所で、二人はくるくるとよく働きました。


 おかあさんは、牛飼いが捨てようとしていた脂肪を瓶に入れてよく振って、バターを作りました。


 牛乳を温めてお酢を加えてかき混ぜて、チーズもこしらえました。


 三つのコンロには、お鍋とフライパンが入れ替わりかかりっぱなし。


 坊やも小さい手でお芋を潰したり、お鍋をかきまぜたりして手伝いました。


 容れ物に入れたクリームを何度も空高く放り投げて、アイスクリームも作ります。


 よく働いた甲斐あって、夕方までに村の誰もが見たことも食べたこともないようなしゃれた料理がすっかり出来上がりました。


 どれもほかほかと湯気を立てて、おいしそうです。

 

 おかあさんと坊やは、こぼさないように注意しながら、出来上がった料理を全部、村長さんの家へ運びました。




 村長さんはその間、村の家を一軒一軒廻ってこう伝えていました。


「今夜、わたしの家で食事会を開きます。

 お疲れのところ恐れ入りますが、ぜひともいらしてください。

 夕食を食べずに、おなかをすかしておいでください。

 家中、みんな揃ってね」


 夕方になって、村長さんの家には次々に村の人がやって来ました。


 いくつものお膳の上には何ともハイカラな、外国のものらしい料理が所狭しと並んで、よい匂いが漂っています。


 牛乳のたっぷり入ったシチュー、チーズの入ったほうれんそうのキッシュ、挽き肉入りのコロッケ、トマトで煮込んだロールキャベツ、甘酸っぱいピクルス、中にいろいろな具の入ったおにぎりも、真っ白なアイスクリームを添えたりんごのパイもあります。


 村の人がみな集まったところで村長さんが言いました。


「さあ、今日はきこりの後家さんの新しい出発の日です。

 この料理は全て後家さんが作ったものです。

 みなさん、召し上がっていっしょにお祝いしてください。

 それではみなさん、いただきましょう」

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