エンチャント・エクスペリエンス 6

「私にアイデアがあるんだけど言っていいかな」


「どうぞ」


 白奈さんは仰向けの僕の上に覆いかぶさり、ちょうど鎖骨の窪みに頭を乗せながら耳元で僕に囁いた。お互い薄い布越しに触れ合ってるせいか、体温が直に伝わってるようで暑くて汗が出てきたが、これはただ暑苦しくて流れた汗じゃない。


「アリーフは私に一方的に蹂躙されたらいいと思うの。私の演じるトルスタはベッドでは豹変するということで、獣になったトルスタにアリーフは成すすべもなく弄ばれるという感じ。椿君は時折ハグしたりベロチューしたりするくらいで、それ以外は何もせずに私を受け入れればいいだけ。これは全国のSMの皆さんがハァハァ言うこと間違いなしですね」


「僕はまた酷い目に遭うのか……」


 痛い目には幾つもあったけど、ついに性的消費されるところまで来たか。しかし考え方としては共感できる。ベッドシーンに不慣れな僕よりも、何故かこういうことに慣れている白奈さんに万事身を委ねた方が、つつがなく撮影が進みそうな気もする。何より楽そう。


「僕は構わないけど」


「じゃあそういうことで、でも今日みたいに椿君が私の裸体に興奮して倒れたら元も子も無いでしょ?」


「……はい」


 恥ずかしながらその通りです。


「だから今から私に慣れてもらわなくちゃね。私としても椿君のことをよく知っておきたいし」


 そう言って、白奈さんは立ち上がるとベッドの上に上がった。僕も起きてベッドに登る。さながら人食いライオンが待つコロシアムに上がるグラディエーターの気分だ。僕がコロシアムのゲートを通過すると、真後ろでは鉄格子が勢いよく降りて逃げ道は閉じられる。


「じゃあ脱ぎますか」


 突如、白奈さんは何でもないようにそう言ってダボダボのクソダサTシャツを脱いで下着姿になった。赤い小さなリボンがついた黒いレースの下着。しかも、本当に見せてはいけない部分を隠すように、ブラジャー上部のレースは透けている。かなり破廉恥で大人びた下着だ。まずいな。早くも意識が薄れてきた。着ける着けないの前に、よくこんなの買おうと思えるよな。

 というかブラに夢中だったけどやっぱり胸は大きい。まるでメロンみたいだ。ブラジャーが心なしかサイズが合わなくて悲鳴を上げてそうな気さえする。


「あ、気になる?私椿君のために勝負下着つけてきたんだけど、長いことつけてなかったからサイズ合わなくなってたんだよね。外そうか?」


「いや、大丈夫です」


 食い気味にそう言うと、白奈さんはベッドから降り立って、両腕と肩を水平にして十字架のようなポーズで僕の前に立った。


「どうしたの?」


「まずは椿君に慣れてもらう第一段階として、私の肢体を凝視してもらおうと思って。ちょっと目を背けないでもらえる? 私も1ミリも恥ずかしくないわけじゃないんだから」


「すいません」


 下着姿の白奈さんの姿を僕は仕方なくじっと見た。人気グラビアアイドルを部屋に招いてただけでも問題になるのに、こんなことがバレたら最悪事務所を解雇されて訴えられかねない。

 しかし、やっぱり艶めかしい身体してる。写真で見た限りでは少し腹回りに肉が付いてるように見えたけど、実際は腰はくびれて腹筋も少し割れている。脚も細く、洗練されたサバを読んでいない本当の20歳の体型って感じだ。AVと違って何というか、希少価値、プレミア感を感じる。

 頼んだら写真撮らせてくれないかな。きっと僕がサイコパスだったら剥製にして部屋に飾りたいとか思うんだろうな。というかパンティの後ろの部分は生地がほぼ全て透けていて、お尻が丸見えなのは下着としてどうなんだろう。


「あの、椿君」


「はい?」


「できたら椿君の裸も見たいなー……なんて……」


 白奈さんは少し気恥ずかしそうに細長いヘソの近くの大きなホクロを指でいじりながら僕を見おろした。確かに、女の子に脱がせておいて男の僕が服を着ているのは筋が通らない。しかし……流石に男女が一つ屋根で……。


「あ、どうせなら私が脱がしてあげた方がいいのかも」


 突然、白奈さんがとんでもないことを言い出した。僕が仰け反り慌てて自分でスウェットの上を脱ごうとすると、白奈さんはまさかの下を掴んでくるという暴挙に出た。ん?何か腰骨に彼女の指が触れているような気が……。


「あの白奈さん、まさかと思うけど下を全て脱がすなんて凶行に及ぶなんてことはしないよね?」


「いや、するけど」


 瞬間、白奈さんは有無を言わせずパンツごと僕の下半身を一気に脱がせて露わにさせた。


「いっそ撮影の時より踏み込んだことをしてしまえば、椿君もおじけづくことはないでしょ? 大丈夫だって、私18禁のBL漫画で男性器は見慣れ……あれ、ない……?」


 自分から脱がせておいて、僕の股に目をやった白奈さんがマネキンのように硬直した。


「バレてしまったか……」


 僕は覚悟を決めて、上は自ら脱いだ。乳首は男と少し違うけど、膨らみなど全くない「男そのもの」の胸板を目を丸くする彼女に見せる。僕には象さんとかバナナとかマグナムとか言われるようなものは生まれつき存在しない。


「実は僕、身体は女性なんだ。もちろん中身は男なんだけど……」


「……あはは……嘘だぁ……」


 白奈さんは半笑いのまま、力なく横に倒れて僕の枕に顔を埋めると、足をバタバタさせて顔を押し付け絶叫した。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ***


「私女の子相手にハニートラップ仕掛けてたの!? 嘘でしょ!? 死ぬほど恥ずかしいんだけど!!」


「だから大丈夫だって、むしろ僕は男として扱われたいんだってば」


 人の枕に顔を埋めて羞恥のあまり叫ぶ半裸の白奈を宥めることかれこれ5分、そろそろお隣さんが苦情を言いに来そうで怖くなってきた。僕も今素っ裸だけど、彼女も不本意だけど同姓の裸体の方がリラックスできるだろう。

 しばらくして、やっと平静さを取り戻した白奈はゲホゲホと咳き込みながら僕の方を向いた。


「椿ちゃん、いや椿君ってトランスジェンダーだっけ? それだったんだ……今まで生きてきた中でも1番びっくりしたよぉ。でもそんなことウィキペディアにも書いてなかったよ?」


「そりゃ身内以外にはほとんど言ってないしね。マネージャーや社長にも言ってない。知ってるのはおばあちゃんと親父だけだよ」


「じゃあ私が3人目?」


「そうなるかな? このことは他言無用だからね。言ったら仕事減るからね。僕は子どもの頃から男の子に憧れてたんだ。小さい時は親父は僕を男勝りって言ってからかってたけど、頑なにスカートを履くのを嫌がったり、生理でヒステリックになるようになってからは、だんだん何か変だと怪しむようになって、色々調べて僕が性同一性障害だって悟ったらしいよ。ほら、これ」


 僕はベッドのマットレスの間から英語のラベルが貼られた飴色の小瓶を白奈に渡した。


「女性ホルモン抑制剤。僕の胸が白奈と正反対なのはこれを毎週服用してるからかな。今はこれだけだけど、いつかは男性ホルモンの注射や性転換も視野に入れてるけど、職業柄イメージダウンになっちゃうから、やる時は引退かな?」


「その、今回のベッドシーンとかで椿君は胸をさらけ出してるけど、怖かったりしないの?」


 僕は首を横に降る。


「怖かったら俳優にはならないよ。それに僕は心はちゃんと男だよ?男なら自分に自信があれば胸板くらい誰にだって見せられるもんでしょ? だから白奈も僕のことを異性として扱ってほしいし、このことを知ったからと言って、僕への態度を変えないでくれたら嬉しい……な。そして、このことは絶対誰にも言わないで」


 というかバラされたらマジで詰む。このことがバレたら、前に出たゲイ雑誌とか廃刊モノだぞ。スポーツ新聞とかの一面をこんなことで初めて飾ってたまるか。畜生、性欲に負けた結果がこれだ。この女の子は全く口が硬そうには見えないから死ぬほど不安だ。どうすればいいんだ。

 僕は彼女に言いたいことを全て言い、爪を噛みながら葛藤していると、急に白奈が僕を後ろからそっと抱きしめてきた。冷たい腕が素肌に張り付いて気持ちいい。


「大丈夫。誰にも言わないから。私、椿君がそんなハンデを抱えて今まで生きてきたなんて知らなかった。だから大物俳優の息子の二世俳優って軽んじてたし、ちょっと馬鹿にしてもいた。でも、私椿君のことを知って考えが変わった。私、椿君の味方になりたい。椿君さえ良かったら、私と付き合わない? 私達、最初は互いに敬語だったけど、今では普通に下の名前でタメ口で呼び合ってるし、きっとウマが合うんだよ」


 最初に敬語捨てたのそっちだったけどな。しかし、胸を押し付けられのも何度もされると慣れるな。殺人とかも数をこなしたら慣れるもんなのかな。


「?」


 と、僕が何気なく薬の入った瓶を戻そうと手を後ろにやった時、何だかザラザラした温もりあるものが指に触れたので、つい掴んで引き寄せて見ると、あの際どいブラジャーだった。この人ついに他人に近い人間の前で裸になったぞ。この人、アニマルチャンネルで見た人間やカメラに群がるペンギン並に無警戒だな。いつか悪い男に引っかからないか心配だ。


「ねぇ……どう?」


 そう、白奈は僕の首筋を指先で撫でながら尋ねた。まぁ彼女みたいな不用心でなおかつ子供っぽい人に前垣さんすら知らない僕の最大の秘密を握られてる以上、野放しにするのはそれこそ不用心だな。決して白奈が巨乳で可愛いからとかじゃなく、あくまで監視という名目でなら……。


「いいよ、その……よ、よろしく」


「ありがとう椿君!」


 そう言うと白奈は僕を強く抱きしめたまま仰向けに寝転がり、彼女の方から顔を近寄せて僕の口腔に生あったかい舌を詰め込んだ。息が出来ないのでもがくが、意外に力が強くて抵抗できない。


「ふぁあ、ふふひふぁいふぁいふぃふぉっふぁ」(じゃあ、続き再開しよっか)


「いやあの、せめて電気を……」


「無粋だなぁ。私も椿君に全部見せたげるからいいでしょ?」


 そう言うと、一度僕を放して膝立ちになって、唯一身につけていたパンティの紐を解いて、本当に一糸纏わぬ姿となった。その美しい裸体に抗えず、僕は自ら白奈の腕を取り、彼女と肌を重ねてしまうのだった。

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この映画の出演快諾した僕ってバカですか? ザワークラウト @kgajgatdmw

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