最終話「紫苑」

001

 紫苑が帰国してから、二週間が経過した。

 咲は約束通り、ランドルク国軍大将直々の護衛付きで、シルム帝国に帰還したのであった。

 そこで再開した彼女は、やはり記憶を失い意識も多少朦朧としているように、出迎えた紫苑の目には映った。

 それから言葉を交わす暇もなく、咲は連合国から派遣された専門家達によって、決戦兵器の機能確認が行われた。


「……まさかたったの二週間で、複雑な〝人体装結〟を解いて、決戦兵器を生身の人間に戻してしまうとは――」

「西側諸国は技術革新の進んだ、とんでもない逸材の集まりだった――という訳だな……」


「お分かり頂けましたでしょうか。シルム、レビア両国共に、決戦兵器の関連書類は、記録から全て抹消致しました。これで、連合国軍側の要求全てに従いました」

「見事だと認めざるを得ないよ志賀中将。我々から言えることは、連合国軍の声明を待ってくれということだけだ」

「それでは、失礼するとしよう。帰国後は早急に連合国に連絡させてもらう」


 志賀中将は、深く礼をし専門家達を見送った。


002

「高崎君、本当に記憶は戻らないのか」

「申し訳ありません……。志賀、中将……とお呼びすればよろしいのでしょうか。私にはさっぱり思い出せません」

 志賀中将は笑いながら、咲を見つめる。

「君はもう、堅苦しい呼び方をしなくていい。そうだ、そこにいる男性の事も思い出せないか」

「いえ、同様に……思い出せません」

 紫苑の淡い期待は、すぐに崩れ落ちた。だが、これでいい。彼女がそれを選択したのだから。

「俺の名は、遠山紫苑と言う」

「紫苑……君」

「咲、思い出したのか」

「いえ……私なら貴方をそう呼ぶような気がしたのです。遠山という苗字の方がもう一人いたような……」

 そう言うと咲は、ポケットから小さい紙切れを出す。あの日の晩に書いた記憶が無くなった後にやりたいことをまとめたものだった。


「私の尊敬する隊長である、遠山蓮のお墓に花を手向けたい――と書かれてあります」

「そうだな、だがそれは最後にしよう。まずは、除隊の手続きを始めよう」


003

 人事部に報告をし、高崎咲の階級剥奪はそのまま継続され、正式に除隊することが決定した。

「これで君も、一般人だな」

「そう……ですね。軍人だったのですから」


 そして、お世話になった上官達一人一人に礼を言って回った。

 夕方には、全ての人に挨拶が終わった。


「よし、じゃあ花屋に向かおうか」

「はい」


 花屋に到着する。初めて咲に会った時に買った金蓮花の事を思い出す。そして考える、咲は花のこともきっと忘れてしまっているだろう、と。

「好きな花を直感で選ぶんだ。俺も最初はそうだった」

「私が……そうですね。この花、綺麗だと思います。これにしましょう」


 彼女が手に取った花の名を、紫苑が知らないはずが無かった。値札も名の紹介もないこの花の名を、きっと咲は知らぬだろう。


「そうだな、君が選んだその花がいいよ」


 会計を済ませ、店を出る。

 向かうは、遠山蓮の墓だ――。


004

 道中、咲は立ち止まり先程の紙をまじまじと見つめる。

「紫苑君は、お墓参りが最後だと仰いましたよね。ですけれど、もう一つその下に書いてあることがありました」

「なんだ、俺がいない間にやりたいことが増えていたのか。それは今からでも間に合うか」

「やりたいこと、というよりは端書きのメモのようなものでしょうか。ここに書いてある少佐……というのは、一体誰でしょう……」

「それは俺の事だ。どのように書いてある」

「……意識してしまいますと、恥ずかしくて、私には到底読み上げることが出来ません……」

 スッと、震える手で紙を紫苑に渡す咲。紫苑はそこに書いてある文字を、ゆっくりと目で追った。



『勤勉な少佐の事です。既にご存知かもしれませんが、金蓮花にはあの晩お伝えした花言葉の他に、恋の炎というものがあるのですよ。どうやら、私は焦がれていたようですね』


 紫苑は動揺を隠せない。それは彼女らしい、遠回しの恋文だった。

 紫苑は何も言わず、ゆっくりと咲に紙を返した。その顔がひどく赤面していたことに、咲は気づかぬふりをするのに精一杯だった――。


005

「着いたぞ、ここが俺の兄の墓だ」

 咲は墓の前で、しゃがみこんだ。

「ここが……そうですか」

 君を守って死んだんだと、君が大切だったんだと、伝えたい気持ちを紫苑は拳を固く握り締め押さえ込んでいた。何も知らぬ彼女の前で――。

「紙には書かれていませんが……きっとこの国を守るために、命を落とされたのでしょう……」

 咲の足元には、ポツポツと静かに染みが出来ていた。

「咲……どうした、どこか痛むのか」

「分かりません……ですが、何故でしょう、彼のこと、私は知らないはずなのに、涙が……止まらないのです……」

 心の内でどこかできっと、彼女は兄を覚えているのだと、紫苑は確信した。そして敢えての呼び方で咲を慰めたのだった。

「きっと、隊長は今でも君を見守っているよ」

 紫苑は先程買った花を、手向けるように咲に仰いだ。


006

 紫苑は、彼女が無意識に手に取り、供えた花を見つめる――。

 咲の選んだ花の名を、彼が知らぬはずが無かった。その花は、紫苑の名前の由来となった花なのだから。


 そして、紫苑は咲に初めて出会い、必死に花言葉を調べた、あの日の夜の事を鮮明に思い出す。


 記憶を失えど、それが段々と薄らいでいこうと、この気持ちは変わらない――。


 咲の選んだ花の名は、紫苑。



 紫苑の花言葉は、君を忘れない――。



「これから先、二人で忘れずに生きていこう」

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戦場に咲く 完結編 優羽 @yuu_yuu

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