Chapter 5;叛旗

 熾天使サハクィエルの襲撃から間もなく、緊急の会議が開かれた。

「さて、今回の襲撃だが、こっちと同じような戦法を使ってきた可能性が高い」

 ソロモンは険しい表情で、現在創造神協会内に潜入して情報収集をしているサタナキアを除いた幹部全員に告げた。

「……と、いいますと?」

 アスタロトが小首を傾げてソロモンに問いかける。

「斥候だよ。恐らくだが、何らかの手違いで此方の情報が漏洩し、此方の作戦の進捗などを偵察しに来た使いに過ぎないはず……だが、少し変だな」

 アデックは確かに今までも数々の過激な作戦を実行してきたが、殆どが「何者かによるテロ行動」として隠蔽さしてきたはずだが、何故今になって急にこちらに干渉してきたのだろうか? 何故、会長直属の熾天使が襲撃しに来たのか?

「あーいいですかぁ?」

 アモンが気怠そうに挙手をする。「ああ」とソロモンは答え、アモンが口を開く。

「いや、考えたくはないんですけど……キアーが情報収集に失敗して、此方の計画が露呈したっていう可能性はありませんかね?」

「何言ってるんだ? 情報戦においてはアモンと肩を並べる程の手練れであるキアーがヘマをするわけ無いだろ? 俺の考えだとアレはあくまで様子見だと踏む」

「様子見? 意味わかんねーな。おい、ボス。何でさっき奴を見逃したんだ? あと少しで殺せたはずだぞ?」

 ベリアルがソロモンの意見に鸚鵡返しをして、彼を問い質す。事実、あの時のサハクィエルはベリアルの「悪魔」による炎で中身の機械も多少なりとも破損していたはずだ。だからあそこで殺すべきだったのだが……

「穿ち過ぎかも知れないが、あそこで奴を殺していれば敵意と見做してゼルエルを含めた様々な「天使」がアジトに攻めてくる可能性がある。ま、今思えば攻撃した時点であまり変わらなかったがな」

 あの時はいきなりの襲撃で少し狼狽えており、そこまで頭が回らなかったが、今思えばその可能性を最初から考えたうえで冷静に行動するべきだったと、反省していた。ソロモンは俯いて自分の過ちを懺悔する。

「そ、ソロモン様っ! 元気出してくださいよ! 今回は失敗したけど、次は成功しますよ!」

 一見、その紙切れのように薄っぺらいアスタロトの言葉が、些細だが励みになる。ソロモンは顔を上げて、更に口を開く。

「……だが、逆に考えてほしい。恐らくサハクィエルはあくまで本気を出していなかった。でなければあんなに弱くはないはずだ。つまり、手加減してやっと多少に傷がついたということだ。奴らはそんなアデックに落胆するだろうな。それを推測に含めれば、奴らは精々ゼルエルを仕掛けてくるはずだ」

「つまり、我々は今まで通りに作戦の準備を進めればいいんですね?」

 眼鏡をクイッと上げて、冷静に質問する男がいた。彼の名前はルシフィル・プラウディア。参謀課の室長を務めており、非常に堅苦しい。

「だが、油断は絶対にするな。あくまで今の言葉は俺の推測に過ぎない。もしかしたら単純に偵察と防御力を割く為の行動という可能性も高い。だから、準備時間を三週間から一週間半に短縮させる」

 その発言に、全員驚愕していた。ただでさえ未だ正確な情報もわからないのに、準備期間を一週間半に短縮されるとなると、流石に辛い。

「流石にそれは……せめて二週間は頂けないと……」

 ルシフィルが額に冷や汗を伝わせながら異議を申し立てる。そうだ、バアルの兵器製造も、ソロモンの【欺瞞の錬金魔騎士ベリト】で製造速度は上がったものの、流石に一週間で残りのケルベロスを造れというのは苦だろう。

 更にもしかしたらまだ隠蔽されているであろうゼルエルの情報が残っているかもしれない。

「そういえば、今まで疑問だったのだが、ゼルエルの使用者マスターは誰なんだ? 俺は生憎情報を共有していないもんだからな」

「あーそれに関しては問題ないですよー。キアーが既に調べてありますよぉ」

 予想内だ。寧ろ使用者を調べなければ意味が無い。だが、流石に創造神協会に直接関わっている人間だったら、少し厄介だ。

 創造神協会のアジトにサタナキアを潜入させたのはあくまで「天使」の隠蔽情報を直接内部からアデックに流出させるためであって、使用者が本当に創造神協会内に居た場合、下手をすれば「大天使」級の「天使」を率いて一気に攻められ、魔術王の古城は勿論、下手をすればアデック本体が潰される可能性が高い。

 正直、こればかりは運に期待するしかない――

 そんなことを思っていると、ソロモンの脳内にある言葉が流れ込んでくる。


『俺たちは「天使」を殲滅する。絶対に……! だから協会ごときに負けるわけがないし、絶対に滅びない。俺たちは協会に、「天使」に勝つんだ』


 ……そうだ、その通りだ。

「……そうか、分かった。それと、考えたんだがやはり一週間半は短い。よって、期間短縮の話は撤回、引き続き三週間後に向けて準備するようッ!」

『はいッ!!』

 ソロモンは先程の言葉を撤回し、全員に指示を下す。

 ――俺たちはアデック…「Assult」「Desaster」「Exterminess」「Colleps」は…強襲し、災厄を齎し、「天使」を、その関連者をも殲滅し、「天使」という存在を崩壊させる――この信念に基づいて活動してきた。

 たとえ無罪な人間たちが周辺にいたとしても、それは「天使」の名を騙る「怪物」どもを消し去る為の致し方ない犠牲として、容赦なく巻き込み、任務を遂行する。今更仇敵である創造神協会に怖気づいてどうする? 俺たちは最強だ。たとえ最上級クラスの「天使」が迫り来ようとも、このが徹底的に撃滅する。

 それが俺たちアデックの信念なのだ。だから、たとえ智天使長ゼルエルの使用者が創造神協会内に居たとしても、容赦なくそのアジトを破壊する!

 寧ろ、そっちの方が手っ取り早く俺たちの悲願が叶うというものだ。

「よし、では皆解散ッ! 引き続き戻ってくれー」

 ソロモンは二回手を叩き、皆に解散を促す。

「それにしてもソロモン様、いったいどういった意図があって?」

 アスタロトが此方の表情を窺うかのように顔を近づける。その純白な肌と躑躅色の瞳と、薄紅色の唇…少し興奮してしまうが、我に返る。

「っ……いや、俺の中の弱い気持ちが、撃ち負けたってだけの話だ。それより、一応ちゃんとした収穫が欲しいからな、三日後にキアーを帰還させろ」

 流石に四日ともなればある程度…否、彼女であれば相当な収穫が得られると考える。そう、

「りょ、了解しましたっ!」

 慌てた表情でアスタロトは一礼して、アモンのいる特殊諜報室へと走っていく。

 ――一つ、心残りがある。

 本当に、彼女…サタナキア・ヒュミリアが「天使」の狡猾な手によって墜とされ、情報が漏洩した可能性だ。これがどうにも拭いきれない。

 

   †


 三日後――

「ただいま帰りましたわ、ソロモン様」

 魔術王の古城のいる愚痴を威風堂々と潜る艶美な雰囲気を帯びた少女…サタナキアは、入口を通ってすぐそこに居たソロモンに対し、微笑む。

「ああ……ご苦労だった」

 サタナキアは相変わらず何処か色気のある口調だが、何かを隠していないだろうか……分かっている。同胞を疑うということがいけないことを。だが、可能性は否定できない状況だ――今後の行動を観察するべきだろうか。

 そんなことを怪訝そうに苦悩していると、

「どうかしましたか? ソロモン様」

 サタナキアが此方の表情を窺っていた。一瞬驚いてしまうが、平静を取り戻して返答する。

「い、いや。何でもない。それより、早く諜報室に向かった方がいいぞ」

「あら、そうでしたわね。では」

 一礼して諜報室の方向へと淑やかに走り去っていくサタナキアであった。


 場所は変わって特殊諜報室。サタナキアは既に収穫した情報をアモンに伝えて自室へと戻ったらしい。

「それで、情報はどんな感じだったんだ?」

「えーとですね、意外と情報が多くてですねぇ、ゼルエルの使用者…道明寺天羅どうみょうじてんらは三体の「天使」を所持してましてぇ。ゼルエル、ザドキエル、ジブリールですね」

「そういえば、俺はその道明寺とやらの情報を貰ってないんだが、一応くれないか? もしかしたら俺が動くかもしれないからな」

 組織を統括するボスが肝心の情報を知らないというのはとても不可思議だが、そんなことはどうでもいい。

「あーそういえばそうでしたねー、はは。あ、はい、これが道明寺天羅の情報ですよ。というか、自分も馬鹿ですね、ソロモン様との情報共有を忘れるなんて」

 アモンは含み笑い用意周到と言わんばかりに引き出しから道明寺天羅の情報が記載された資料を取り出し、ソロモンに手渡す。

「感謝する。……へぇ、結構普通だな」

 感覚が麻痺しているのだろうか、ソロモンは思わずそう口にしてしまう。

 道明寺天羅――ウーバー社の社長の御曹司にして、中小だが企業を持っている優秀な男だ。彼は可愛らしい外見の「天使」たちを軒並み購入し、手籠めにしているらしい。サタナキアの情報によれば相当な〝プレイ〟をしているそうな。

「……ヤバいな、俺。感覚が麻痺してやがる。よくよく考えたら普通に気持ち悪い奴じゃねーか。機械にエロい調教とか」

「ですね……あたしたち相当多くの「天使」と使用者に会ってきましたからね。今更エロいことをする使用者マスターごときに動じなくなってきましたよねー」

 正直、その通りだ。ソロモン達アデックの人間は数々の「天使」を殲滅してきた。それはつまり「天使」の使用者も同時に見てきたと同義なのだ。

 使用者も数々存在する。自分の利益の為に他者を殺したり、代理として「天使」を遣わしたりする使用者…ソロモンが先日倒したカマエルの使用者であった佐藤がそれだ。そしてただ人を虐殺するためだけに「天使」を使う狂人。そして自分の欲求を満たすために「天使」を愛玩物にする使用者と、様々な用途で「天使」を使役する人間が多く存在する。

 そして使用者の殆どが殺人目的で使用する者か性欲処理で使用する者なのだ。

「はぁ……まあいいか。でも、性欲処理目的に使うなら、比較的抵抗はなさそうだな。…でも、なぁ」

 ソロモンは付属されていたもう三枚ほどの資料を不安そうに見つめていた。

 道明寺の持つ「天使」たち――ジブリール、ザドキエル、そしてゼルエル。それぞれ座天使長、能天使、智天使長という強力な編成だ。いくら外見を優先したからと言っても、流石に強い。天使長のクラスに君臨する「天使」が二機、長期戦になるかもしれない。

「いやーあたしも驚きましたよぉ。名前と職業までは知ってたんですけどねぇ…キアーの情報で三体の「天使」、それもそのうち二機は天使長とか、めっちゃ厄介ですよねー」

 アモンは飄々とした口調で語る。彼女はいつでも冷静沈着で余裕綽々なのだ。だが、こういった人間は情報戦において、とても重宝する人材だから、頼り甲斐がある。ソロモンは資料をアモンに返却し、扉の前に立つ。

「あとは参謀課とで作戦を練るように。いいか?」

「はーい、了解でーす」

 アモンは気の抜けた返事をして、再び更なる情報を求めて画面と睨めっこする。

 

   †


 此処は、サタナキアの自室――彼女は机に置かれた一台のノートPCに向かって闇に塗れた笑顔で誰かと話をしていた。

『計画の方は順調かね?』

「ええ、勿論ですわ。彼らは本格的な情報を手に入れて更なる戦闘準備に専念してますわ。こちらの情報は既に送っておりますの」

 彼女の視線の先には《G》とドイツ風の書体で表示された画面があった。その下には、小さくと書かれていた。

 これは単に情報収集としての通話なのか、それとも――

『ああ、既に目を通してある。……アスタロト・ディスペル、ベリアル・ヘルティアート……ふむ。――ん、コイツは……?』

 画面の向こうで怪訝そうに話す男は、サタナキアの許に一件の資料を送り付ける。それを開くと、そこには黒髪の癖毛で真紅と紫紺の瞳を持つ青年が表示されていた。

「ソロモン・リュースレス様、ですか。この方は恐らく作戦には参加しないでしょうが、超要注意対象ですわよ? 協会でも斃せるかどうか……」

『何、大した事は無い。我々は創造神協会、人類ごときなど一瞬にして地獄へ墜として見せよう! ……それと、最後にを道明寺のところに送っておけ。ついでに手紙も同封しておいてくれ。内容は「いずれ敵が迫る。準備をしておけ」……とな』

「……はぁ」

 サタナキアは面倒臭い命令に溜息を吐いてしまう。

『きちんと成し遂げろ。でなければ貴様の願いは流れることになるが?』

「あら、申し訳ありませんわ。日頃の疲れが」

 男はサタナキアに軽く脅迫をかける。そしてサタナキアはその脅迫に恐れることなく堂々と返して見せる。

『では、絶対に成功して見せるがよい。サタナキア・ヒュミリアよ』

「承知しておりますわ――――創造神協会、第四会長…月見里響やまなしひびき様」

 そして、サタナキアは通話を切断し、ノートPCを閉じる。そしてベッドに座って、にやける。まるで本当の「悪魔」かのように。

「ふふふ……あはははははッ‼ わたくしの好機がやってきましたわ! 絶対に成功させて、願いをかなえてもらう……! これは、契約ですわぁ」


 

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A.D.E.C;アデック -天を葬る悪魔たちの集団- 暁 葵 @Aurolla9244

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