Chapter 4;蒼穹の天使

「能力か、確かに重要な情報だな」

「天使」には、科学では到達しえない特殊な能力や武装が備わっており、その気になれば都市の一つや二つを一機で撃ち滅ぼすことさえ可能なのだ。

 しかも今回の殲滅対象は三番目の地位に冠する智天使…更に言えばその智天使の長なのだ。もしかしたら途轍もなく強力な能力を行使する可能性が大いにある。

 となれば、アモンが獲得したこの情報はとても重要なモノなのだ。アモンと諜報員たちには敵わない…そんなことを思っていると、

「これがゼルエルの能力です」

 画面にはアモンが纏めたであろうテキストが表示されていた。そこにはこう書かれていた。

『智天使長ゼルエルには、《神の腕》と呼ばれる能力が搭載されており、自分の身体能力の強化と攻撃した対象の血液や身体の一部を解析し、物理攻撃を無効化する。更に、対象の体内の血液を操作することもできる』

「……中々面倒な相手だな」

 そう、実に面倒臭い機能を兼ね備えている。ゼルエルの持つ《神の腕》には一般的な身体強化能力がある。だが、智天使長という高クラスの「天使」だから、一般の「天使」より強化の幅が大きいはずだ。

 更に一度攻撃されれば自分たちの「悪魔」の能力が相手側に漏洩し、立ち回られる。そして血液操作ということは、心臓を潰されたり、血液の循環を停止させられたりするということだ。

 つまり、たとえ掠り傷程度の攻撃でも受ければ死ぬ…ということを示しているのだ。

「とりあえず、この情報を即座に参謀課に送信してくれ。俺の方でも協力はするから、更なる情報を収集してきてほしい」

 ソロモンは冷静沈着に命令し、諜報室を後にする。

「了解でーす」

「じゃあね、アモちゃん」

「じゃーねぇ」

 アモンとアスタロトは仲睦まじい砕けた会話を交わし、別れる。


 唐突だが、アモン・ル・ノーレッジの持つ「悪魔」の説明をしよう。

 彼女の「悪魔」の名前は《魔術王の梟アモニオウル》――それは超巨大コンピュータ四万台分の機能を兼ね備えた電子機器類で、その能力は凄まじいものだ。最低限の情報だけで全ての機密情報を暴き出す能力を保有しており、氏名だけで経歴や機密情報、住所や保有している物品など、全てを調べることが出来る「悪魔」なのだ。

 先程の情報は、創造神協会運営の通販サイト「テスタメント」の購入履歴を漁り、智天使長ゼルエルを購入した消費者の名前とIDやアドレスを突き止め、そこからその消費者のデータ内に侵入し、使用者のみに渡される説明書を見つけたのだ。

 だが、「テスタメント」の護りは非常に堅く、ほんの少ししか説明書の文章をコピーできなかったのだ。

 ソロモンは信用している。彼女の持つ《魔術王の梟》を。そして、彼女の優秀な諜報力を。

「さて、あとはみんなの仕事だ。情報も一部とはいえ掴めれば完璧とまでは行かなくともある程度有効な作戦を編み出してくれるはずだ」

「そうですね、絶対に勝てると思いますよ! ソロモン様っ」

「いや、アスタロト。お前の言葉には微々たるが誤謬がある。勝てると思うんじゃない……勝つんだ」

 アデックの皆が背負う正義と怨讐は、冷酷で残酷で全てにおいて「無」を貫き通す人間の皮を被った鉄屑に敗北するはずがないのだ。それがたとえ創造神協会による圧力や最強の「天使」だとしても……だ。

「……はいっ!」

 アスタロトは快い返事をする。

 そして王の間の前へと辿り着き、扉を開けようとしたその瞬間であった――


 ヒュゥゥゥゥゥゥゥン――バッッ、ッゴオオオオオオオオォォォンッ‼‼

 爆轟音がソロモン達の鼓膜を突き破るかのように響き渡り、魔術王の古城に爆発による地震が発生する。

「チッ――! 敵襲か……アスタロト、諜報室に戻るぞ。状況確認をする」

「は、はいっ!」

 二人は踵を返して特殊諜報室へと駆け出す。

 先程、訪れた特殊諜報室の扉を思い切り開けて、ガッガッと足音を大きく立ててアモンの座るデスクへと歩み寄る。

「おい、アモン。状況はどうなっている?」

「あーはい、現在監視カメラと接続してます……お、繋がった」

 アモンがそう呟くと、大量のモニターに外の景色が表示される。そこにあったのは、爆炎に包まれた周辺の森林と、魔術王の古城の防壁が一部破壊されている光景があった。

「おいおい……嘘だろ? 此処の素材は世界で二番目に固い物質で構成されているんだぞ……?! こんな所業を為せるのは、智天使か、もしくはそれ以上のクラスの「天使」しか……」

「ソロモン様ッ! これ見てください!」

 愕然とするソロモンに、声を荒げて腕を叩くアモン。その言葉の通りに指さされた画面の方へと視線を向ける。

 するとそこにはまるで何処かの国民的ロボットアニメに出てきそうな遠隔操縦型の砲撃武装が浮遊し、光線を放っていた。

「これは……「天使」の武装で間違いなさそうだな」

 こういった自動的に浮遊し、レーザー光線の様な攻撃を仕掛けられる兵器は、現在の世界では「天使」しか保有しえない代物なのだ。

 だが、これで証明された。攻撃を仕掛けてきた「天使」は少なくとも智天使、もしくはそれ以上のクラスの「天使」であることが。

 一般的に販売されている「天使」に搭載された武装は近接攻撃型の武装、中距離、遠距離による物理攻撃系統の武装しかなく、能力も比較的凡俗な部類に入るものばかりだ。

 しかし、ああいった奇抜で異様な武装となると、上位の「天使」しか保持できないのだ。

「チッ――まさか此方の作戦に感づいたとでもいうのか!? こんな早々に仕掛けてくるなんて予想外にもほ程がある……ッ! 仕方ない、ベリアルと「チャリオット」を前線に向かわせてくれ」

「はーい――メーデーメーデー? ベリアルぅ、聞こえてる?」

『あぁ、アモンちゃん? もしかして戦闘かなぁ? んで、命令は?』

 無線機の先で会話をするベリアルとアモン。ベリアルも先の爆発に気付き、いつでも戦闘が出来るように準備していたらしい。

「そっか。じゃあ、目的地はキミのスマホに送っとくから、「チャリオット」と一緒に現場に向かってほしいな」

『りょーかい』

 相変わらず腑抜けた返事で無線機の通信を切断するベリアル。

 ソロモンもいざという時は前線に出る準備は出来ている。相手がどんな「天使」か…ベリアルたちが太刀打ちできる程度の存在なのか、否か。正直ここら辺のことは祈るしかない。

「任せたぞ……! ベリアル」


   †


 場面は変わって、視点はベリアル・ヘルティアートへと移る。

 彼は鮮血の様などす黒い真紅の刃の剣を持って、魔術王の古城の破壊された防壁へと数人の構成員を連れてやってきた。

「んで、何処にいやがるんだ?」

「べ、ベリアル隊長ッ! あれですッ‼」

 ベリアル率いる精鋭戦闘部隊「チャリオット」の隊員の一人が、天空を指さし、叫ぶ。その方向へと視線を向けると、そこには無数の遠隔操縦型の砲撃武装を周辺に浮遊させ、純白の翼を生やした紺碧色の髪の少女が悠然と浮いていた。

「おい、アンタが俺んとこのアジトを襲撃した張本人か?」

「左様でございます。わたくしは創造神協会の第四会長直属の「熾天使」――サハクィエルです」

 少女――サハクィエルは懇切丁寧に自己紹介をする。

 熾天使…上から二番目の階級の「天使」で、あの武装を装備しているのも、これで辻褄が合う。しかも、創造神協会の第四会長という言葉…これはつまり「天使」の殲滅を目標とするアデックのことを本格的に危険視し、潰そうとしているのだ。

「チッ――なぁ、ボス。コイツ、殺した方がいいよな?」

 ベリアルは諜報室の通信機器に無線で話しかける。

 その質問に、ソロモンは、

『ああ、殺せ。教会の使徒は絶対に殺せ。何なら増援を送るが――』

「問題ないぜ? ボス。確かに熾天使を相手にするのは初めてだが……俺たちなら絶対に勝つぜぇ?」

 ベリアルは大胆不敵な言葉を返し、無線を切る。

「へぇ……わたくしを殺すんですか? 貴方のような紛い物に、わたくしのような高貴で崇高な存在を殺せるのですか?」

 サハクィエルはベリアルたちを煽るような言動を行う。その言葉にカチンと来たのか、ベリアルは青筋をピクピクと浮かばせ、眉間にしわを寄せて憤怒する。

「チッ、お前らそういうところ、気に喰わねーんだよ。とっとと死ね、ゴミッ‼」

 真紅の剣が、ベリアルの台詞と共に突然変形し、まるで鋏のようになる。その間の刃に腕を翳し、スライドさせる。

 瞬間、血液が彼の腕から垂れ、剣がその血液を吸収している。そして、半分に分かれていた剣が元の形に戻り、臙脂色の炎を纏う。

 そして、遥か天空で此方を見下すサハクィエルに向かい、真紅の剣を振り翳す。

「うらぁッ‼」

「無駄ですわ」

 サハクィエルはその攻撃を嘲笑うかのように武装を向ける。直後、銃口から高密度の蒼い光線が発射される。

 炎の斬撃と超高密度の光線が、衝突する。

 だが、ベリアルの放った炎の斬撃はその光線の前に打ち砕かれ、消し飛ぶ。そして光線がベリアルの脳天へと飛ぶ。

「チッ――っぶねぇな」

 間一髪でその攻撃を剣で防御する。だが、流石熾天使クラスの「天使」と呼ばれるだけあって、相当な威力を持っている。人間の身体など簡単に溶解し、貫通する程の危険な攻撃だ。

「だから言ったでしょう? わたくしに敵う筈がないですの」

「……さぁ、どうかなぁ」

 ベリアルは高慢に浮遊しているサハクィエルに対し、何処か不敵な笑みを浮かべて、思わせぶりな言葉を呟く。

 瞬間、サハクィエルの真横に燃え滾る臙脂色の炎が途轍もなく巨大な斬撃となって、超高温の炎となって、彼女を襲っていた。

「ナッ――!?」

 静かに驚愕する彼女は、自分の翼を一部焼かれながらも咄嗟にその攻撃を回避する。不思議に思う。あの時、完全に攻撃は打ち消したはず…なのに、何故一切攻撃の動作も無しに斬撃が出現したのか。

「チッ、外したか、つまんねーな、ペッ」

 ベリアルは唾を吐き捨て、呟く。そう、今の攻撃こそ、彼…ベリアル・ヘルティアートの持つ「悪魔」の真価なのだ。

 彼の「悪魔」の名前は《暴虐なる血潮の魔剣べリエル・ブラディエス》で、その能力は「血液を吸収させることで超高温の炎を出現させ、斬撃を繰り出すことで酸素を吸収し、炎の威力を増幅させる」というものだ。

 先の炎の斬撃は打ち消されたかのように思えたが、散った炎の残滓が空中に蔓延する酸素を吸収し、再び炎が修復したという風になっていた。

「これは……相当厄介ですね。切っても復活する炎なんて、まるで不死鳥フェニクスのような炎ですわね」

「確かにそうかもな。……ま、御託はいい。さっさと殺すか」

 再び《暴虐なる血潮の魔剣》を思い切り振るう。臙脂色の、まるで血潮の様に黒い火焔が、彼女の砲撃武装を襲う。そして、銃口が溶解され、切り裂かれる。

 まずは一機、破壊される。しかし、肉眼で視認する限り、残り十二機ある。正直、気が遠くなりそうだが、あの武装問題は無いはずだ。

「あんと物騒な物言いでしょう。わたくしたちであれば〝掃除〟と呼ぶんですがね。我らが主に叛逆し、同胞を殺していったあなた方に、慈悲はありません」

「へぇ、テメェらみてぇなガラクタにも仲間の死を偲ぶ心があるなんて、驚きだ。慈悲なんてとうにないくせに、ぬかしやがれッ!」

 ベリアルは彼女の言葉に憤慨しながら反論し、《暴虐なる血潮の魔剣》をサハクィエルの本体の方向へと振り翳す。天空へと上昇することによって、炎の威力が増幅し、爆炎へと進化していた。

 サハクィエルはその攻撃を回避すべく、更に高く、高く、天を翔け上る。彼女が遥か蒼穹へと昇るとともに、ベリアルの斬撃が弱まっていく。

 ――そう、ベリアルの斬撃の弱点。それは酸素が無ければ炎が強化されないというところにあった。斬撃が段々と弱まり、最終的に炎が霞んで消える。

「チッ、脳味噌だけは回るのかよ。――まあいい、来やがれ…《深淵駆ける絶望の戦車アヴィシャル・チャリオッツ》ッ‼」

 ベリアルは《暴虐なる血潮の魔剣》を自分の周辺で振り回し、臙脂の焔が舞い上がる。すると、その炎が形を変形し、戦車となる。

 炎の雄牛が唸り、車輪が光速で廻り続ける。ベリアルはその戦車に乗り、炎で構成された手綱を手に持ち、引く。

 すると、戦車は空を翔ける。《深淵駆ける絶望の戦車アヴィシャル・チャリオッツ》は、素材自体は魔剣の炎だから、同じように炎の威力が増し、速度も上昇する。

 気づけばサハクィエルと同じくらいの高度まで到達し、ベリアルは戦車から身を投げ出して、《暴虐なる血潮の魔剣》でサハクィエルの腹部に少し深い傷を負わせる。

「くぅっ――!」

「チッ、惜しいな」

 ベリアルは空中に停滞していた《深淵駆ける絶望の戦車》の手綱を掴み取り、地上へと降下していく。サハクィエルもそれなりの傷を負ったせいで、地上へと墜落してしまう。

 ベリアルの火焔によって、彼女の腹部は更に深く、溶けていた。これだと流石に再起不能だろうと高を括っていた。

 だが――

「……ふふ、ふふふははははっ!」

「何だよ急に笑い出して、気持ちわりぃな」

 突然高笑いをしだすサハクィエルに、素で軽蔑するベリアルであった。だが、同時に嫌な予感が迸る。何か隠し玉を持っているのではないか、と疑いたくなる。

『……ベリアル、撤退だ』

 突然、無線からソロモンの指令が聞こえてくる。彼も、何かを察してか撤退の指示を下したのだろう。

「いや、多分殺せると思うんだが……どうしてだ?」

『奴、熾天使とは思えない実力なんだ。武装だけが強いだけで、それ以外の機能が弱すぎる。下手すりゃ座天使や能天使クラスの実力程度だ』

 この言葉の意味を、ベリアルが汲んでくれるかが問題だ。サハクィエルは自分で熾天使を名乗っていた。しかも創造神協会直属という言葉から、相当なメンテナンスをされているに違いない。

 ベリアルの「悪魔」だけで簡単に傷を負わせられるはずがない。

 …となれば、熾天使の名を騙っているか、それとも――

「チッ、テメェらッ! 退くぞッ‼」

 ベリアルは普段口が悪く怖いもの知らずな性格だが、やけに物分かりがよくて、助かったソロモンであった。

「あらあら、殺せばいいでしょう? そうすれば貴方たちの目的が果たされるんでしょう? ほら」

 何処までも煽り散らすサハクィエルに、内心憤慨しながらも、舌打ちをして背を向ける。

「あーそうするぜぇ。いずれな、今はうちのボスが命令してるんでな、見逃してやっただけ感謝しろ。何ならテメェの心臓を捧げて反省するのもいいなぁ」

 下卑た笑顔を向けながら、ベリアルは「チャリオット」の連中を連れて拠点へと帰っていく。サハクィエルは、見逃してもらったことに安堵してか、それとも何か情報を収集し終えたことに対して喜んでいるのか……

『……くそ、最悪な状況になったな』

 ソロモンは諜報室で後頭部を掻きむしりながら歯噛みする。


 

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