第10話

ひと呼吸おいて先生は微笑んだ。そして近づいてきた。


 


「渡辺君でしょう?なに読んでるの?」


 


僕は先生が僕の名前を覚えているとは思わなかったから、嬉しかった。


 


とくに会話もなく、先生は行ってしまった。僕もまた本の続きを読みだしたけれど、まったく頭の中に入ってこなかった。


 


先生は言った。


 


「わたしもよくここに来るのよ。あなたが本好きだなんて思わなかったわ。でも、勉強の方も頑張ってね」


 


だから僕は次の日も来たんだ。でも、先生は来なかった。当然僕も、来ないことは予想はしていたけど、もう頭がいっぱいいっぱいだった。


 


僕は話しながら、いつのまにか泣いていた。羊は僕が泣いたことにも驚かず、黙って話を聞いていてくれた。


 


僕が図書館に行ったとき、先生はこの世にいなかった。


 


次の日のホームルームで先生が交通事故で死んでしまったことを知った。


 


それから一週間はなにも手につかなかった。でも学校にはちゃんと通った。


 


僕は強かったのかな?


 


「わかるよ」


 


そう羊は言ってくれた。


 


「君は強い。今だってちゃんと生きてるじゃないか。奥さんのことがあってもちゃんと生きてるじゃないか。君は強い。そして君はもっと強くならなくちゃいけないよ。だから、僕は君のために動いてきたんだ。


 


動いてきた?


 


「ぼくが先生を死なせてあげたんだ。君の奥さんも娘さんも、みんなぼくが死なせてあげたんだ」


 


「ぼくは君のことをずっと見てきた。ぼくは君を気に入ったんだよ。難しいことじゃない。簡単だよ。ぼくは君を気に入った。だから君のためになることをしてあげただけだよ。心配しなくていい。もう君を邪魔するものはなにもないし、ここには君と僕しかいない」


 


「君はもっと強くなれる。心配しなくていいよ。ここにはなにもないんだ」


 


僕はただ泣くことしかできなかった。羊はスイッチが入ったみたいにずっと話続けていた。


 


うるさい。


 


「うるさい」


 


頭の中と羊に対して僕は同時に怒鳴っていた。


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羊たちは短足 神田かん @kadane106

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