第9話

先生はとくに綺麗というわけでもなく、どこにでもいそうな普通の二十代前半の女性だった。


 


でも僕は恋をした。先生は国語の先生だった。


 


なぜ僕が先生に恋をしたかというと、理由は三つある。一つは先生が授業で本を見るとき必ずめがねをかけた。そのめがねをかけたあと必ずそのめがねのケースを教卓の右上隅に置くのだった。


 


その動作を毎回ぼぉっと見ていた。なぜか知らないけどそれが一つ目の理由。


 


二つ目は、先生は地方の出身だった。僕が聞いた限りでは四国あたりの人なのだろうと思う。


 


少し僕らとはイントネーションが違っていて、クラスのみんなはいつもそれで先生をからかったりしていた。


 


三つ目は、先生はよく笑う人だったこと。とくに生徒に音読させたり、自分で音読しているときに度々クスクスっと笑い出した。そのたびにみんな気が抜けたように先生をぼんやり見るのだった。ぼくらには先生の笑うツボがわからなかった。


 


先生にはなにか特別なものを感じていた。なんだろう?たとえば霊感がある人が感じるあの独特の雰囲気、感覚。


 


僕には当然そんなものはないのだけれど、なにか僕を引きつけるものを先生は持っていた。


 


考えてみても結局わからないのだが、そんなわけで僕はごく自然に先生に恋をした。


 


もちろん、僕は先生と付き合えたわけでも、告白をされたわけでも、デートに行ったわけでもなかった。


 


先生には彼氏がいるらしかったし、僕自身もそこまで行けるだけの勇気やら根性やらは備わってはいなかった。


 


だから、僕がしたことと言えば、授業中にただただ先生を眺めるだけだった。そのせいで、この授業の成績が一番悪かった。


 


一度だけ、先生とふたりで話したことがあった。


 


僕がいつものように休みの日に近くの図書館に行って、半日小説を読んでいたときだった。


そのとき読んでいたのはたしか、レイモンド・チャンドラーのロンググッドバイだった。今思い出したけど、結局最後まで読めなかった。


 


また読もう。


 


僕はたまたまそこで先生に会った。先生は僕から五メートルくらい離れたところで物珍しそうに僕を見ていた。


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