僕らのワンサイドゲーム

とぉ

僕らのワンサイドゲーム

「ぬあぁぁ!!?」

 大声を上げながら巨体が崩れ落ちた。

「大丈夫か!?しっかりするんだ、フトシ!」

 フトシをやったやつをなぎ払い俺はフトシに近づいていく。

「俺はもうダメみたいだ……。お前達だけでも先に行ってくれ…」

 目を閉じようとするフトシを抱えるため俺はその場に武器を置いた。

「おい!フトシ寝るな!寝たら何もかも終わりなんだぞ!」

 必死で訴えかける。

 半ば強引に起こそうとする俺にフトシは微笑みかけながら、巻物を差し伸べてくる。

「これは…?」

 そっとその巻物を受け取ると。

「…これを持って行け。きっと役に立つはずだ」

 そう言い残してフトシはゆっくりと目を閉じた。

「フトシぃぃぃ!!!」

 大事な仲間をこんなところで失うなんて…。

 悲しみと絶望が感情を駆け巡る中、俺は辺りを見渡す。

辺りは真っ暗で何の音もしない。

いるのは俺の腕の中で眠る親友ともう一人の後方から追ってくる親友だけ。

そんな遅れてやってきた親友は何も言わなくても状況を理解できたようだ。

「そんな…フトシが落ちるなんて。嘘だと言ってくれよ、アタル」

 こめかみを押さえ涙を必死で耐えるホソノに俺は黙って首を横に振る。

 ………。

 沈黙だけが先に進んでいく。

 そっとフトシの体を地面に置き俺は立ち上がった。

「行こう」

 手を合わせるホソノの肩に手を置き俺は振り返ることなく歩を進める。

 親友が倒れたことによって俺は実感した。

これはゲームなんかじゃないんだと。

俺達は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだと。

前を向き足を止めずに歩き続ける俺達に立ちふさがる壁。

そう、やつらはおぞましいほどの数と一体一体が強力な力を兼ね備える人類の敵。

圧倒的な力を持つやつらの名は――


 ナツヤスミ・ノ・シュクダイ


2020年、夏。しかも、その日は長い休みが終わる日。

俺達子供はこのシュクダイを片付けないと実質的な死が待っている。

「初めは余裕だなんて笑っていたのにな…。いざ敵を前にすると足が震えてきやがる」

ホソノは武器を手に小さいシュクダイをやっつけていた。

 俺も負けじとシュクダイを片付けていく。

「あぁ。休みが始まって浮かれていたんだな。あんなにはしゃいでいたことが今となっては遠い昔のようだ」

そう、実際浮かれていたんだと思う。俺達はシュクダイの存在を忘れ、思いっきり遊んだ。それはもう毎日のように遊んだ。

シュクダイはこちらが何もしなければ大人しくその身を隠す。そうやってその存在自体を無かったかのように錯覚させ、俺達子供を死地に追いやるのだ。

そして気付いた頃にはもう後がなく、抵抗する子供に猛威を振るう。

そんなシュクダイの存在は人類の子供にとって畏怖さえも覚えるものなのである。

「俺、この窮地を脱したら思いっきり遊ぶんだ。何もかも忘れて好きなように…」

 そうやってたとえ遠くても目標と生きがいを持っているホソノという親友が持てたことを俺は誇りに思う。

 それに比べて俺はただただ目の前のシュクダイにしか目をあてることしかできず、先の見えない不安と焦りに苛まれながら手を動かすことしか出来なかった。

「なぁ、ホソノ」

「何だ?」

 つぶやくような俺の問いかけに優しく返事をしてくれる。

「俺、最後までいきたい。生きてこのシュクダイ全部を片付けたら…笑って二学期を迎えられる気がするんだ」

 そんなことを言った俺を見てホソノはゆっくりと頷き。

「あぁ。きっと…きっと笑って行事にも取り組めるさ」

 いつか来る未来の話をしてくれた。

 しばらくその場に佇んでいたが、ふぅと息を吐き心を落ち着かせた俺達はまた一歩シュクダイに立ち向かって行く。

 シュクダイの存在を認知し戦いを繰り広げ何時間か経ったが、逆境に追い込まれているにも関わらずかつてないほどの集中力を見せた俺達は順調にシュクダイを蹴散らしていく。

 二人して黙々と手を動かしていたのだが、ふとした瞬間俺は口を開いていた。

「ふぅ…随分片付いたんじゃないか?おい、ホソノ具合はどうだ?」

「全然余裕だね。むしろハイになってきたところだ」

 いつもよりも目を開かせたホソノは俺の方を見ずに返事を返す。

「お、おい。大丈夫か?お前、そんなに眼球を開かせて…。…もしかして、お前!」

 異変に気付いた俺はホソノの足下に注目する。

 そこには異様に長い缶が転げ落ちている。こんな長い缶は普通の缶じゃない!

「お前…!それ、悪魔のドーピングだぞ!今すぐ吐き出せ!」

 口元に黄色い液体を少し垂らしたホソノはそれをすすり、伸ばしていた俺の手を払いのける。

「うるさい。こうでもしないと…こうでもしないと、俺は保ちそうにないんだ!」

 ホソノは尋常ではないスピードでシュクダイを片付けていく。

「へへ、今の俺の前にはシュクダイなど敵ではない!この調子でどんどん…う!」

 好調だったホソノの手が急に止まる。

「おい!どうしたんだ!?」

「…急に眠気が!気を抜いたら意識が飛びそうになるっ!」

 様子がおかしいホソノの背中を優しく撫でながら、どうしたのか考える。

 ドーピングによってハイになったと思ったら急な眠気…まさか!

「…こんなに早く効果が切れるなんて」

「!!?」

 ホソノも同じ事を考えていたらしい。

 普段飲まないものを服用したため効果は早く出たが、その分切れるのも早い。

 しかも慣れていないものはこの後の体調にも支障をきたすだろう。

「少し休め。その体じゃこの先保たないぞ。…ってお前何取り出してんだ?」

「へへ、実はこんなこともあろうかともう一本用意してたのさ。この悪魔の力を使って俺は夏休みの神となる!」

「何訳分かんないこと言ってんだ!やめろこれ以上は本当に死ぬぞ!」

 もう意識を保っているのもやっとなホソノの手から細長い缶を奪い取る。

「返せ!それがないと俺は…俺は。…うぅ、頼むよ。もう少しなんだ…もう少しでシュクダイを全部終わらせることができるんだ…」

 ホソノの頬に涙が伝っていく。それを拭き取るように右腕で押さえ込んでしまった。

「…お前の気持ち痛いほど分かるよ。でもこんなものに頼ったらダメだ」

「……」

 何も言わないホソノの肩に手を置く。

「…行こう。一緒に」

「!!」

 見捨てることのなく一緒に行くことを伝えるとホソノはゆっくりと顔を上げ、コクリと頷いた。

 そしてゆっくりと少しずつシュクダイを片付けていく。

「…アタル、ありがとうな。お前がいなかったら俺は今頃…」

「よせよ。照れるだろ」

 軽く目を合わせてそんなことを言うものだから妙に恥ずかしくなってしまう。

 照れ隠しもあってかそれから静かにシュクダイと向き合っていると。

「お、そろそろシュクダイを殲滅できたんじゃないか?」

 辺りを見渡しても小さいシュクダイの姿が見えない。

「終わったのか…本当に俺達はやったのか…!」

 やったな、と歓喜の表情でホソノの顔を見る。しかしホソノはどこか違うところを見ていて目線が合わなかった。

「どうしたんだ?その方向に何か…?」

「…アタルよく見てみるんだ、あれを」

 ホソノが指を指す方向をよく見てみると、徐々にその存在を確認することができた。

「もしかして…あれは!」

「そう…あれは、ドクショ・カンソウブンだ…!」

「ドクショ・カンソウブン、だと……」

 それはもっとも強くもっとも時間と労力と精神力が必要とされる終わりなき課題。

 こいつを前にして震え上がらない子供など存在しない。

 そう、ナツヤスミ・ノ・シュクダイの頂点に立つもの。それがドクショ・カンソウブン。

「…あんな大物が残ってたなんて」

 ホソノは膝から崩れ落ちる。

「…あんなのどうしろって」

 二人は絶望した。

 なぜならあれは聖書を熟読した上でやっと倒せるかどうかのもの。

 今の俺達ではどうしようもできない。

「そんな…ここまできて」

 俺も堪らず膝をつく。その時何かが引っかかる感触があった。

 その感覚を頼りにポケットの中を弄ると。

「…これは。フトシの巻物…!」

 その巻物を開くと何やら文字が羅列されていた。

「まさかこれって!おい、ホソノ禁書だ!これさえあれば俺達は無敵だっ!…って、どうしたんだよ…何、俯いてるんだよ」

 膝を着きガックリと頭を下にしているホソノ。

 そこには鋭気など感じられず、ただ虚無とかした友の姿。

「…おい、まさかここまで来て…。お前落ちたのか?」

 ホソノの肩を掴み前後に揺らしてみても反応はない。

「…お前やりたいことがあるんじゃなかったのかよ!こんな簡単に…あと一歩ってところで…」

 自然と涙が出ていた。

 俺も落ちてしまえばどれほど楽だろう。

 そんな弱い気持ちが一瞬よぎる。

 が。俺は諦めなかった。

こんなあと一歩というところで終わってなるものか。

「…!よし!」

 俺は気持ちを切り替えるため両頬を叩く。

 幸い俺には禁書がある。それを使えば一瞬で終わらせることができる。

 最後の力を振り絞り禁書でドクショ・カンソウブンに立ち向かう。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 その日、俺はシュクダイを全て片付けた。


「夏休みの宿題、終わってないやつは後で生徒指導室にくるように」

 先生が宿題を集め、何名かに向けてそんなことを言う。そこにはフトシやホソノの存在も含まれていた。

「あとそれから、アタル」

「は、はい!何でしょう?」

 突然の名指しにびっくりして変な声が出てしまった。

「読書感想文、良い出来じゃないか。一人で仕上げたのか?」

「…!そうです」

 思い出したくもないワードに焦りが出たが、何とか返答できた。

「ほう、先生な…驚いたよ。まさかお前がこれほどのものを持ってくるとは」

「え、えぇ。ありがとうございます」

「でもな…嘘はよくないよな」

「!!?」

 何だか雲行きが怪しくなってきた。

 先生の目が怖い。

「先生な、夏休みの間調べ物をよくしてたんだが、これとよく似たものを目にしててな」

「っぐ!」

「まさかとは思うが写してたりしてないよな?」

「………」

 ただただ黙ることしか出来なかった俺に。

「お前も後で生徒指導室にくるように」

 先生は真顔でそう告げた。

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僕らのワンサイドゲーム とぉ @ayameken

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