午前三時の小さな冒険

午前三時の小さな冒険



体は睡眠を要求しているのに、頭が冴えて眠れない。何度寝返りを打っても、枕と布団の位置が、どうにも気に入らない。

私は一度眠るのを諦めて、飲み物をとりに台所へ向かう。

冷蔵庫を開けて私は少し考え込んだ。なにも飲み物がないのだ。水道の蛇口をひねれば水が出てくるが、甘いものが飲みたい。冷たくて、甘い、できれば炭酸が入っているもの。

「コンビニ、行こうかな」

時計は午前三時を指していた。両親はぐっすり眠っているから、そっと出かければばれないはずだ。夜中に家を抜け出したことなんてないのに、今日はなんだかできそうな気がしていた。

パジャマからジャージに着替える。その上にパーカーを羽織って、フードを目深に被る。右ポケットにはスマホを、左ポケットには財布を入れる。靴を履いて、音がしないようにゆっくりと鍵のシリンダーを回す。そして、慎重にドアを開け、細心の注意を払ってドアを閉める。無事、家を抜け出せたことが嬉しくて声が出そうになるのを我慢しながら、忍び足で家の前を去る。

等間隔に並んだ街灯が私の足元に影を作る。アスファルトの上に生まれたその影はくるくると位置を変えながら、何度も消えては現れる。

寝静まった住宅地は少し不気味だ。いつもなら音があるはずの場所に音がないから。そこで私は「丑三つ刻」と言う言葉を思い出した。確か、丁度このくらいの時間のことを指す言葉だったはずだ。おばけや幽霊が出る時間らしい。

ああ、そんな時間なら家から出るべきではなかった、と少し後悔しながら、さっきよりほんの少しだけ早足でコンビニに向かう。

コンビニに着くとなるべく店員と顔を合わせないように気をつけながら棚からサイダーを取り、レジに置く。

「百五十円です」

下を向いたまま、百円玉一枚と五十円玉一枚をトレーの上に乗せる。

「レジ袋に入れますか?」

首を横に振って意思表示する。

「ありがとうございました」

店員がそう言い終わらないうちに急いでコンビニから出る。

「うまくできた。一人でも買い物できた。夜に一人で出かけられた」

小さな声でそう言って、ガッツポーズをする。

夜風がほんのり照った頬をなでていく。右手に握っているサイダーの入ったペットボトルを首筋に当てて、大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

見上げると、街頭の明かりに小さな羽虫が群がっている。それを手で遮ると、さっきまで息を潜めていた星が輝きを増す。

頭上に広がる一つ先の季節の星を眺める。

フードがぱさり、と頭から落ちるが、誰も周りにいないから気にしない。

その頭から三角形のふさふさした獣の耳が、ぴょこりと出ていることも気にしない。

「ふふふふ」

そう笑う口元には鋭い牙が生えていた。

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午前三時の小さな冒険 天野蒼空 @soranoiro-777

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