第1話

 秋大の夜にあった強姦未遂事件から数日。それから転機が訪れたと言う訳でもなく俺達は特に変化のない日常を送っていた。

 結局、あの時に警察に通報してくれたのは直次だったらしい。暴漢に襲われていたあの子の姿はその後見ることはなかったが、平穏な日々が送れている事を節に祈る。

 そんな事を不意に思い返して、窓から差し込んでくる朝日を煩わしく感じながらベットで寝転がっていると、何者かが階段をドタドタと駆け上がる音が聞こえた後に勢い良く俺の部屋の扉が開かれた。


「…早く起きなさい!わざわざ私があんたから受けた恩を返しに来てあげたんだから感謝しなさいよね!」


 突然の来訪者に驚いた俺がベットから飛び起きると、そこには先述した少女の姿があった。

 セミロングの髪を明るい茶色に染めてはいるが、かなりの低身長と綺麗に整った幼さを感じさせる顔立ちをした彼女は慎ましやかな胸の前で両手を組み、照れるような表情を浮かべて俺の方を凝視している。


「は…………、えあ?」


 自分が置かれている状況が飲み込まない俺は素っ頓狂な声を上げてその様子を茫然と眺めることしかできなかった。


 ◇












 ◇


「それで、お前は一体何者なんだよ」


「お前とは失礼ね!私には中宮姫子なかのみやひめこっていう立派な名前があるのよ!」


 早朝だというのに俺の家に訪れていた姫子と名乗る美少女を訳のわからぬまま引き連れて部活の朝練に向かうと、先に来ていた直次が姫子と名乗る少女に向かって率直な疑問をぶつける。

 …確かに秋大の夜に救った少女と中宮姫子と名乗った少女は同一人物だ。


 彼女に訳のわからぬまま起こされた後に両親がいるリビングに降りると、彼女が作った物らしき料理を食べている両親が俺と彼女が並び立つ姿を見てニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべていた。そんな両親に対して俺が寝ていた間に彼女とどんな会話を交わしたかを何度も問いかけても、俺の両親は全く教えてはくれなかった。

 俺自身もかなりの危機感を覚えながら、両親に勧められて得体の知れない彼女の作った朝飯を口にしたが、物凄く美味しかった。

 しかし、彼女に住所などは絶対に教えていないし、あの夜以降に彼女と会った覚えは一切ない。その時の寝ぼけていた頭では気にも留めなかったが、意識が覚醒していくうちに猛烈な違和感を感じた俺は学校に向かう際に彼女に対していくつか質問をぶつけたが、「助けてもらった恩を返しているだけ!」という一点張りの返答を返されるだけだった。


 そのため、俺でさえ彼女が何の目的を持っているか把握してはいないのだ。

 正直に言って、素性が分からない彼女に対して若干の恐怖は感じていたが、彼女の行動から全く悪意を感じなかった事に加えて、美少女と形容できるほどの美しい顔立ちをした少女に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは決して悪い気分では無かったため、あまり強く出なかったのも要因ではあるのだが。


 そんな事を考えていると、既に練習を始めているチームメイトがちらほらといるのを伺えたので、準備を済ませた俺は凄まじい剣幕でやりとりを交わす二人を横目にして足早にグラウンドに向かった。






 

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ツンデレな転校生が実はめちゃくちゃヤンデレだった件。 門崎タッタ @kadosakitta

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