ツンデレな転校生が実はめちゃくちゃヤンデレだった件。

門崎タッタ

プロローグ

 薄暗く人気ひとけの無い閑静な空き地に破裂音に近い音が何度も響き渡る。

 俺の投じた白球は真っ直ぐ伸びてキャッチャーのミットへと届いた。立ち上がったキャッチャーから返球されたボールをパシン、という小気味良い音をグローブで鳴らしながら受け取る。


「おい、宝介。本格的に暗くなってきたし、もうそろそろ上がろうぜ」


 疲労が現れた表情を浮かべながら俺とバッテリーを組む女房役である下山直次しもやまなおつぐが近づいてくる。

 おもむろに空を見上げると、既に夜の帳が下り始めていることが分かった。これ以上練習を続けても全くの無駄であることは明白だ。


「……ああ、そうするか」


 俺達は入念にストレッチをした後に散らかっていた荷物を纏めて帰宅の準備を始めた。


「今日、マジでボロ負けしたな。やっぱ、甲子園常連高は俺たちみたいな県立とはレベルが違うわ」


「…………」


 俺の名は上坂宝介かみさかほうすけ。とある県立校に通う高校二年生だ。

 この高校で俺は野球部に所属している。そして、今日は俺の所属する野球部の秋季大会が開かれていた日だったのだ。

 直次と交わしている会話の流れを汲み取って貰えばある程度分かると思うが、俺達のチームは秋季大会にて同県の強豪高校との試合に大差をつけられて敗れ去った。

 ピッチャーとしての役割をまともに果たせなかった自分の不甲斐なさに失望した俺はその日のうちに直次に頼み込んで、俺の家の近くにある空き地で、投球練習に付き合って貰っていたのだ。


「なぁ、すっかり黙り込んでどうしたんだよ?」


「…こんなピッチングじゃてんで駄目だ」


「…おいおい、宝介。まさかとは思うが、今日の試合結果を見てもまだ、馬鹿の一つ覚えみたいに俺は甲子園を目指してる、とか言うつもりか?冗談はよしとけって、少なくともこの野球部にはお前以外にそんな夢見てる奴なんて一人も居ねーよ」


 仰々しい身振りで呆れた様な口調で直次はそう断言した。しかし、この部活に俺以外にも口には決して出さないが甲子園出場を目標に掲げる生徒が存在する事を知っていた俺は直次に対して反論を試みた。


「居るよ」


「誰だよ」


「お前だよ、直次。わざわざこんな遅くまで俺の投球練習に付き合ってるってことは多少なりとも俺と一緒の志を持ってるんじゃないのか?」


 直次の両目をしっかり見据えて俺がそう言い放つと、彼は図星を突かれた様な驚きの表情を浮かべた。


「ッ…。俺はそんなんじゃ……」


 纏め終わった荷物を抱えてゆっくりも歩き始めるとその場に立ち尽くした直次が何やら呟いたが、その内容が俺の耳に届くことは無かった。


 ◇










 ◇


 直次と共に帰路に着いているが、会話が生まれることは無かった。重苦しい空気が俺と直次の間に流れている。せめて、練習に付き合ってくれた簡素な礼の言葉くらいは彼に伝えたいのだが…。


 …完全にやらかした。俺は物事に熱くなりやすい性格だ。その性格が要因となり、後先を考えずに行動したり発言することが多々ある。自分の悪癖を理解はしているが、改善することが幼少期から全く出来ていない。


「……せ…」


 そんな事を考えながら歩みを進めていると、一昔前に封鎖されたため、シャッターが下りている商店街の路地から、微かに女性の悲痛な声が聞こえた気がした。


 試合後に無理な練習を行って疲労が蓄積した俺の幻聴かも知れない。

 しかし、少しでも一人の女性が危機に瀕している可能性を考慮した俺は女性の声が微かに響いた路地裏を確認せずにはいられなかった。抱えていた荷物をその場に投げ捨てる様にして勢い良く走り出す。

 後ろからは直次の俺を呼ぶ声が聞こえたが、彼の声に反応を返す余裕など焦っているその時の俺には存在しなかった。


「………姫ちゃんの…を騙……物には、ぼ、僕が直々にお仕置きしてやるうぅ!」


 俺が向かった先には、俺と同年代くらいの深い絶望を宿している虚な目をしたセミロングくらいの長さの髪を明るい茶色に染めた童顔の少女と、その少女に馬乗りの状態で跨って、声を荒げながら興奮した様子で少女が着用しているワンピースをひん剥く肥満体の男性の姿があった。


 まともに抵抗できないほど無力な一人の少女が一方的に暴行を加えられている悲惨な光景を目にした俺は胸の奥から湧き上がる激情を抑えることが出来なかった。

 男性に一気に詰め寄った俺は右腕を大きく振りかぶって、俺の存在に気づいて振り向いた肥満体の男性の顔面を力強く強打した。

 俺が怒りに身を任せて放った右ストレートを顔面に食らった肥満体の男性は拳の衝撃に身を任せて少女から離れた場所で倒れ込んだ。


「え…」


 その様子を茫然自失の体で眺めていた少女が驚く様な表情を浮かべて、呻き声を漏らした。


「あ…え…?ど、どうしてぼ、僕が殴られなきゃいけないんだよぉ!タヒね!他人に暴力を振るう社会不適合者の糞DQNがぁぁあ!」


 俺に殴られた頬を片手で抑えながら、奇声を発する肥満体の男性が拳を振りかざして俺に反撃を試みた。


 勢いに任せて飛び出したが、実の所、俺は全く喧嘩をしたことが無い唯の高校球児だ。嘘偽りなく胸の内を話すと、怒りに顔を歪めながら俺に対して拳を振るう肥満体の男性が物凄く怖い。

 しかし、暴漢に襲われた少女に救いの手を差し伸べた以上は引き下がるわけにはいかない。臨戦態勢を整えた俺は肥満体の男性から放たれる衝撃を防ごうとガードを試みた。


 …その刹那、物静かな路地裏にパトカーのサイレンの音が大音量で鳴り響く。

 その音を聞いた肥満体の男性は、こちらを強い憎悪の感情を向けながら睨みつけて、即座に身を翻してその場を後にした。

 情け無いことに恐怖によって俺は腰が引けていたため、目の前にあった危機が無くなった安心感からその場にへたり込んでしまう。

 肥満体の男が完全に姿を消した事を確認した俺は不意に後ろを振り向くと、暴漢に襲われていた半裸の少女が頬をうっすらと赤く染めて俺の顔をキラキラと輝いた目で凝視していた。


「…間に合わせだけど、この上着、返さなくていいから…それじゃ」

 

 目のやり場が著しく少ない姿の彼女に近づいた俺は気休めに過ぎないが、着用していたウインドブレイカーを少女の華奢な体に被せた。

 彼女に対して恩を売りたくなかったのと、この後に予想される面倒事を避けたかった俺は後ろを振り返らずにその場を走り去った。


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