番外編 彼視点

「ねえ、黒様。もし生まれ変わってもずっと側にいて良いかしら」


上品な仕草で、それでも無邪気な笑顔をたたえながらなずなは俺を見上げている。


「それは、プロポーズか?」


「へっ?」


見事に固まるなずなを穏やかな春風が撫でて行った。


瞳を半分隠すように垂れ下がった前髪を憎らしく思いながら、額にキスをする。


※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※


「……って聞いてる? クロッ」


ぼんやりとした視界に少女の姿が映り込んだ。


短く切り揃えた茶色っ気のある髪から、丸い瞳を覗かせて、しきりに両手を振っている。


「きゃっ」


俺が無造作に抱き寄せると、可愛らしい悲鳴が聞こえた。


「っ、人が見てるから」


腕の中の少女の顔はたちまち真っ赤に熟す。


「普通の人間には俺の姿は見えないだろう?」


「だから、私が変に見られるじゃない、一体どうしてくれる訳」


ぽかぽかと胸をたたく愛しい少女を視界に映しながらも、俺は周囲の気配を探る。


声につられてか、若い男が立ち止まり俺たちのいる楠の方を見ていた。


「どうしたの?」


俺は少女を背に庇うが、当然こちらに向く若い男のいやらしい視線は外れない。


ちっ。


まったく早朝なのに、人間とは殊勝なことで。


「クロ、もしかして痛かった?」


どうやら眉間に皺が寄っていたようで、

心配そうに少女が見上げてくる。


「あや」


俺は瞼にくちづけた。


「お前は俺だけを見ていればいい」


微かに熱を帯びる肌に、微かな震えが伝わってくる。


あやに触れていると感じる、鬼の力。


俺が念じれば、あやの中で膨らむ気配ににやけつつ、俺は指を鳴らした。


途端に朝日で包まれた境内は霧が立ち込め、

薄暗くなる。


男の姿もかき消えていた。


「もう。妖界に入るなら、前もって断りくらいいれてよね。まったく、人間界と妖界を好きに行き来できるなんてとんだチートだわ。ああ、でも」


あやは俺の手を離れ、参道に躍り出る。


「懐かしいなこの空気」


クルクルと楽しそうに回っていたあやが

不意にこちらを振り返った。


「ただいま」


「なんだ、いきなり」


「ううん、何となく言いたくなっただけ」


流れる髪をかきあげて無邪気に笑う少女。


その姿が誰かと重なる。


ああ、


俺は少女の前で跪く。


「どうかこの先もずっと俺のそばにいてくれないか」


季節外れのツツジが空に舞い上がる。


暴れるスカートの裾を押さえつけ、

目をまん丸くしている少女が堪らなく愛おしい。


「えっと、それはつまり……」


俯いた少女の顔は耳まで真っ赤に染まっている。


今度こそ、

あの時の答えを聞けるだろうか。


fin.

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鬼に恋して ねるこ @mirainomilk

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