三題噺(1)
よしの
それは、甘い香りの誘惑
少年が訪れたのは、巷でゴースト・ハウスと言われている街外れの古びた洋館だった。そこには昔、偉い貴族が住んでいたと聞くがもう何十年も前の話で、今は人が住んでいるのか定かではない。
「あーあ、嫌だ……なんで僕が……」
彼は好き好んでこの怪しげな洋館を訪れたわけではない。ここへ来る数時間前、友人達と、あるゲームをしていた。それはカードの絵柄を多く揃えた方が勝ちという簡単なルールで、負けた者が勝った者の言うことを聞くという条件だった。しかし、そのゲームは友人達の策略で最初から負けるのは彼に決まっていのだ。そうとも知らず、負けた少年は仕方なくこのゴースト・ハウスの扉の前に立っていた。
「……ノックするだけ、人がいない事を確かめるだけ。だから大丈夫」
そう小さく呟き、扉を叩いた。
コンコンコン
何も反応はない。次に彼は扉を軽く押してみた。
「あれ、鍵が開いている?」
“もし鍵が掛かっていなかったら、扉を開けて中へ入る”
これは、ここへ来る前に彼らとした約束だった。変なところで真面目な少年は、この約束を忘れていなかった。あるいは忘れていた方が良かったかもしれない。
門の外でクスクスと笑っているであろう友人たちを恨めしく思いながら、ゆっくりと扉を開けた。
そこには赤い絨毯、左右に伸びる階段、そして正面には大きな絵画が飾られていた。人の気配は感じられなかった。
「誰もいない、な」
恐るおそる部屋に足を踏み入れたが、ふと吸い寄せられるように正面に飾られていた絵画の前へ足が進んだ。絵画には、色とりどりの花が咲いている花畑の真ん中に、微笑んで立っている女性と、車椅子に乗った少女が描かれていた。
少年は綺麗な絵だな、と、しばらくぼんやり眺めていた。
「どなたかしら」
突然、どこからか声が聞こえた。
驚いて部屋の中を見渡すと上の階に、女性の姿があった。明かりが付いていなかったのでよくは見えなかったが、彼女はどこか絵画に描かれていた人物と似た雰囲気が感じられた。
「あ、あの!勝手に入ってすみませんでした!」
「いいのよ、しばらく人と会っていなかったから嬉しいわ」
彼女は、つばの大きな帽子を目深に被りあまり表情は見えなかったが、声色からどうやら怒ってはいないようだった。
「あなた、花はお好き?」
「えっと……花、ですか?」
「私はね、ヘリクリサムという花が好きなの。ほら、そこの絵にも描かれているでしょう?花言葉は……永遠の思い出」
「永遠の思い出……」
彼女はコツコツコツ、と一段一段ゆっくりと階段を降り、少年の側へ歩み寄った。すると甘い香りが少年の鼻を掠めた。
「ねぇ、私のお願い聞いてくださる?」
「……僕ニ出来ることガあるなら」
少年は彼女から目が離せなくなっていた。
そして気がつけば甘い香りは部屋中を漂っていた。
「ドライフラワーを作りたいの」
平静に考えれば、ほんのささやかな、何の変哲もない趣味だ。しかし少年にとって、それはとても魅惑的な目的に思えた。
「それとね、私一人でとても寂しいの。でもあなたが一緒に居てくれたら、毎日素敵に過ごせると思うのだけれど、どうかしら?」
「……喜ンデ。イツマデモ、アナタト一緒ニ」
「そう、ありがとう。これから仲良く暮らしましょうね。永遠に」
その後、少年の姿を見た者は居なかった。
『 花 絨毯 魅惑的な目的 』
三題噺(1) よしの @yoshinooo
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