後編:永遠の敵は退屈

 三百年。それが私が湖底で過ごした時間。誰からも忘れられて静かに眠っていた。


「坊や。先に、私がその魔王様に挨拶させてもらっていいかしら?」


 私の隣で憎しみと闘争心を燃やした瞳の青年に言う。やはり、いつ見ても輝いている瞳は美しい。


「好きにしろ」

 

 素っ気ない言い方。それも仕方ないかしら。信用はないからね。


「ありがとう」


 私はかつての自分の城を歩く。



「不思議なものね。今度は私がこの扉を開けることになるなんて」

 私が扉に触れる前に扉が勝手に開く。


「ご親切にどうも。聞いていた噂より紳士なのね?」


 王座に座る人物に話しかける。


「その椅子、思ったより座り心地悪いでしょう?」


「やはり、おまえか。孤独の魔女」


「だから言ったでしょ? 私の可愛い勇者様」

 彼は、最後に湖で見た姿と変わらない青年のままの姿だった。


「生きて会うことはないと思っていたけど、生きて会えたということはここは地獄かしら?」


「さあな。まあ、地獄とも変わらないところだろう」


 思わず笑ってしまう。


「あなたも私と同じ呪いにかかったのね? どう? 三百年生きた感想は」


「確かに退屈だ」


 彼は溜め息をつく。


「いかに自分が狂わないようにするかっていうのが大変でしょ?」


「そうだな」


 彼の瞳にはもう、何の輝きも無かった。勿体ないわ。


「国を救った英雄が今度は魔王になるなんて皮肉ね」


「おまえの目的はなんだ? 三百年前の復讐か?」


「まさか。私は満足していたわ。あの暗くて冷たい水の中も悪くはなかったし。満足してなかったのは人間達よ。新しい救世主とかいう坊やが、私に掛けられていた呪いを解いてくれたの。それで、今はその坊やに連れられてあなたの頭と首を切り離しに来たわけ」


 まるで、砂時計の砂の一粒のように逃げることは出来ずただ落ちていくみたいだ。


「そうか。出来るものならやって欲しいものだ。もう、自分がおかしくなってしまいそうだ」


 彼は頭を抱える。


「俺は、この世界から悪を失くすはずだった。なのに、悪を失くすために争いが起こる。むしろ、三百年前よりも、内戦が増えた。千年も生きたおまえなら分かるだろう? 悪とはなんだ?何が正しくて、何が間違っている?」


 彼の三百年分の悲鳴だ。

「残念だけど、私にも分からないわ。でも、あなたは正義の為にやったのでしょう? なら、間違っていないわ。だから、最後まで戦うべきよ」


 扉の向こうから足音が聞こえてくる。


「私とあなたなら世界を変えられる。ねえ、永遠の命にとっての一番の敵は退屈よ。こんな、退屈な世界を変えましょう」


 私は、彼の王座に近づく。


「世界を救ったそのあと、魔女と勇者が手を組むのって素敵だと思わない?」


 静かに涙を流している彼の顔を両手で優しく包み、流れる涙を唇で拭う。

 彼の涙は、全く味がしなかった。でも、とても……



「美味しいわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を救ったそのあとは 桃木昴 @momoki-subaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ