世界を救ったそのあとは
桃木昴
前編:誰かが救われて、誰かが救われない
何百年の辺りだろう。私が、孤独の魔女なんて呼ばれ始めたのは。
「そうだった。三百年を過ぎたあたりかしら」
そしてもうすぐ、私を眠りにつかせてくれる人物がこの城にやって来る。
「長かった。やっと、やっとなのね……」
私は、王座に座りその歓喜の時を待つ。
昔は、ここで舞踏会を開いたりもした。あの頃は、私も毎日が楽しくてこれが永遠に続けばなんて祈っていた。でも、永遠なんて本当につまらないものだ。
それも、終わり。もう退屈なんてしなくていい。久しぶりに心が躍る。
私の時を止めにくる足音が聞こえてきた。城の外も騒がしくなってくる。
死んでしまったはずの心が早く、早くと待ち望んでいる。
足音が扉の前で止まり、重たい扉が開く。
「待っていたわ。私の可愛い勇者さん」
「それは待たせたな。孤独の魔女」
彼は、一人ではなかった。三十人ほどの軍勢を連れていた。
「あら、後ろの方々は魔法使いね」
私の言葉で、魔法使いたちが一斉に私に杖を向けてる。
「やめろ。みんな、杖を下ろしてくれ。俺は、こいつと話がしたい」
彼の言葉で魔法使いたちが杖を下す。
「お話? 私、退屈な話は嫌いよ」
彼はまっすぐと私を見つめている。憎しみと怒りの混じった真っ直ぐに輝いた瞳。
「なぜ、罪のない人を殺していく? なぜ、争いを起こす? なぜ、村や町を焼いていく?」
彼は静かに、身に抱えるモノを押さえつけるように話している。
「答えろ。どうしてなんだ?」
「疑問が多いのね。そんなことが今、重要かしら?」
「答えろ! どうしてなんだ! どうして、俺の家族や友人たちを殺したんだよ!」
彼は荒々しく叫ぶ。
「可哀想に。あなたも私と同じように孤独なのね?」
「答えろ」
素敵だわ。私が失くした感情がすぐそこにあるのね。
「その目、好きよ。あなたみたいに私をそうやって、見つめてくる人は沢山いたわ。でも、あなたのが一番だわ」
「そんなことはどうだっていい。俺の問いに答えろよ」
「せっかちなのね。いいわ。答えてあげる」
彼の体に力が入ったのが分かった。
「そんなもの理由なんてないわ」
彼の絶望するその瞳。たまらなく、心が躍る。
「理由がないだと……?」
「そうよ。だからって、好きでやっていることでもないけどね。あなた達が望んだから。私はただそれを見守っていただけ。人を殺していくのも、戦争も、みんな、あなた達人間がやったことよ。私はただ、許しをあげただけ」
彼は狂ったように叫び、剣を抜いた。銀色に輝く剣先が私に向く。
私は彼を受け入れた。胸の真ん中に鈍く重い衝撃がくる。目の前には私の胸に剣を突き立ている彼。
「残念だけど、五百年前に心臓をあなたと同じ目をした、可愛い勇者さんに取られちゃったの。だから、これじゃあ私は殺せないわ」
私は怒りに打ち震える彼の頬を触る。
「許しだと……? 人間が勝手にやったことだから、自分は悪くないと? そういうことか?」
「さあね。良いとか悪いとかそんなこと、どうでもいいじゃない。あなたの家族や友人のことは残念だけど、運が悪かったのね」
剣がもっと深くまで私を貫いてくる。私は思わず息をのんだ。
「よく考えてみて? もしかしたら、あなたが村を焼いたり人を殺している側だったかもしれないのよ?」
「どういうことだ?」
「本当。疑問が多いのね。まあ、いいわ。だからね、偶々なのよ。村を焼くのも、戦争をするのも正しいことだと思ってやっているのよ。あなただって、そっちの立場になったらやるわ。偶々、奪われる側だっただけの話よ」
彼の震えが剣を通して伝わってくる。
「ごめんなさいね。私には、今あなたが震えている理由が分からないの。それは、怒りなの悲しみなの? それとも別のもの?」
「さあな。どっちだっていいじゃないか」
彼は私の胸に刺した剣を引き抜く。また、鈍く重い衝撃を感じた。
「いいか? 無駄に長く生き過ぎたあんたに教えてやる。子どもでも知っていることだ」
胸の傷が塞がってくる。
「この世界であんたは悪だ。あんたがここにいる限り誰も幸せになんかなれない」
「そう。なら、私がいなくなったら争いや憎しみは消えるの? それは、とても素敵なことね」
「そうだ。俺はこの国、いや、世界から争いや憎しみを失くす。もう、誰も俺みたいな思いをさせない。だから、あんたには眠ってもらう。死ねないのなら一生一人で孤独に生きてもらう」
「とても、素敵な申し出ね」
私は立ち上がり彼の横を通り過ぎて、魔法使いたちの前に出る。
「やれ」
彼のその一言で魔法使いたちが一斉に杖を構える。
「あら、あなた達も素敵な目をしているのね」
沢山の自分に向けられた憎しみの眼差しが、私の心を躍らせる。
◇◇◇◇
「寒いわね」
森の奥深くの湖の畔。霧がかかって冷たい空気が私を包む。
私の体には無数の鎖が指一本も動かすことのできないほど、固く巻かれている。
「随分と余裕だな」
私の隣で彼は静かに言った。
「そうね。とても、穏やかな気分。やっと千年続いた退屈が終わると思うとなんだか嬉しくて」
「……一つだけ聞きたい。なぜ、あんたは千年も生きたんだ?」
彼は決して私を見ない。私は、そんな彼の横顔を見つめる。
「そうね。少しだけ昔話をしてあげる」
私の吐く息も白くなっていく。
「約千年前になるのね。私がまだ聖女と呼ばれていたころよ。私は他国からの侵略から国を人々を守った。平和の為に全てを犠牲にしたわ。そしたらね、国中の人が私が永遠に生きて国を治めて、自分達の子孫を守ることを望んだの。勝手でしょ? 私が死んだ後の人間が正しい人間だとは限らないからって……でも、私はとっくに死んでいたのよ」
鎖の冷たさが分からなくなっていくほど、私の身体も冷たくなっていく。
「私はこの国の人達に呪いをかけられたのよ。永遠に生きて国を守る呪い。最初の三百年ぐらいは良かったわ。でも、戦争が無くなったら今度は国の中での戦争が起こったの。怒りや、妬みが内側に向いてきたのね。私は必死に考えて色んな策を試したわ。でも、各地で反乱が起こり始めた。国中で争い戦った。その時ね、気付いたの。悪は必要なんだって。だから、私は悪を作った。そうすれば、みんなの気持ちが一つになるでしょ?」
湖の波紋が無くなる。
「あんたも、国の為に生きたというのか。でも、あんたのやり方は間違っている。悪なんて作るべきじゃなかった」
「そうかしら。あなたも、私の立場になったら分かるわ」
やっと、彼が私を見た。その瞳は私を憐れんでいるようだった。
「時間だ」
魔法使い達が、湖を囲む。
「もう、あなたに会えないと思うと寂しいわ」
私は彼を見つめる。
「安心しろ。俺とあんたは死んでも会うことは無い。例え、俺が地獄に落ちたとしてもあんたはこの湖の底だ」
「そうね。なら、最後に」
私は彼に顔を寄せて唇に口づけをした。温かい唇。きっと、私は忘れることはない。
「私の言葉を忘れちゃ駄目よ。王様」
体が湖に引っ張られる。足首、膝、腰、胸と湖に沈んでいく。身を刺す様な冷たさが体を包む。
「沈め。孤独の魔女……永遠に」
最後に聞いた音は彼の私を憐れむような優しい声だった。
頭が沈み、湖底に引きずり込まれる。息苦しさが無くなりやがて、ゆっくりと微睡がやってくる。
これで、やっと眠れるのね
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