ISSを見よう
Nagaoka
第1話 ISSを気楽に見る編
放課後の校門である生徒を待っていた。そこはいわゆる正門と呼ばれる位置にあり目の前には広大なグラウンドが広がっている。門は下校時刻からしばらくたった今でも開いている。部活動をしている生徒がいるからだ。ここからも陸上部やサッカー部が鍛錬にいそしんでいる姿が見える。もしかしたら東門へ向かったのかもしれないな、と思ったそのとき遠くに彼女の姿が見えた。僕の姿に気づいて走っては・・・・・・来ない。あいつはそういうやつだった。もっとも逆の立場だったとしても走らないので気にしていないが。
「待った?」
悪びれる風な気持ちが一切感じられない顔で私に話しかけてきた。
「ああ、待ったさ」
腕時計を見て確認してから
「30分くらいな。大体洋子は何をしていたんだ?・・・・・・もしかして追試か?」
「違うよ。私がそんなヘマをするわけがないでしょ。ただ友達と話していたら約束の時間を過ぎちゃっただけ。もしかしてキョーちゃん怒ってる?」
僕のことはキョーちゃんと呼ばれている。彼女が勝手に付けたあだ名だ。
「そういうわけじゃない。今日は時間がないんだ。分かっているだろう。今回が初めてじゃないんだから分かってくれているよな」
そう。今日は時間が限られているのだ。今からまっすぐ家に帰って着替えて合流した頃にはギリギリの時間帯だろう。
「あー、そうだった。忘れていたわ。付き合ってあげるから今日もキョーちゃんのおごりだね」
「そうだな。じゃあいつもの場所に17時集合だ。遅刻しないようにな」
「うん。またね」
彼女は僕と同じ帰宅部の生徒だ。クラスは違うが選択授業で一緒になってから話すようになった。最初のうちはそれだけの付き合いだったがある日こちらから
「写真を撮りに行くから付き合ってくれないか。一人で行くには少しきつい場所でな」
と誘ったら快諾してくれて、それ以来こうして行動を共にするようになった。ちなみに写真を撮りに行った場所は市街地の中心部だ。いろいろな施設が集まっていて写真に撮れる物もあるのだがいかんせん単独でカメラを構えていると不便が多いのだ。職務質問を受けたり、人に指を指されたり。大きなカメラを持ち出さずにスマートフォンのカメラを使えば良いのだが私はそうしたくなかった。そのためにツーマンセル・・・・・・合理的な手段でそれを防ごうと考えたのだ。被害妄想が過ぎると言われればそれまでだが二人で行動することでほとんどの問題は解決された。他人が余り気にならなくなるし女性しか立ち寄れないような店にも入れる。スイーツなどのメシ撮りもはかどった。その代わりに先ほど言われたとおりおごることになったり逆に洋子から誘われたら彼女におごってもらったりしているのだが。洋子からの呼び出しは大抵急に発せられて内容は大抵服選びとか勉強とかだった。服は指摘したら怒られるし
「ねえ、どっちが良いと思う?」
という質問は答えるのが怖い。どちらを選んでも地雷なのだ。勉強は私が理系で彼女が文系を名乗る立場なので教え教えられという関係にあった。
家に到着した。服はTシャツにジーンズ、薄手のトップスを合わせた。あとは道具の類いをカバンに詰めた。カメラと双眼鏡2台。一応ライトも持っていくことにした。今は真夏なので合流時刻から目標地点離脱までの時間帯ではまだ明るいので使うことはないと思うが。
16時45分。まだ早いが合流地点が見えてきた。すると。
「もういる・・・・・・?」
驚くべきことに彼女の方が先に到着していたのだ。ここから家までの距離はおおむね同じくらいだから走る距離は同じだが。
「早いじゃないか。待ったか?」
「お返しだよ。ちなみに5分くらいしか待ってないけど」
珍しいこともあるものだ。お返しというと先ほど待たされたことだろうか。
「らしくないな。風邪でも引いてるんじゃないか?」
「らしくないなんてキョーちゃんにだけは言われたくないよ。だってまだ45分だよ。いつもはちょうどに来るのに」
「そうだな。まあ正直に言えば洋子と話がしたかったんだ。最近話せてないだろう」
特に会う理由が見つからなかったり選択授業がなかったりしたおかげで対面での会話が減っていたのだ。スマートフォンのチャットアプリでのやり取りはあったのだが。
「だから少しでも長く顔を合わせておきたかったんだ。中学までは多少話さなくてもまた寄りを戻すことはあったが高校になってからはなかなかそうもいかなくってな。だから適度なコミュニケーションが必要だと思ったんだ」
「そっか。さみしがり屋さんだからね。キョーちゃんは」
「・・・・・・そうかもしれないな。それに夏休みも近い。ここで話しておかないとなって思ってさ」
「そうだね。夏休みかあ。私は暑いの苦手だから嫌だな」
「僕としては豊富な時間があるその時期を活用してやりたいことを消化しまくろうと思っているんだがね。その中には洋子の力添えが必要な場面もあるんだよ。だから頼むぜ」
積みに積まれたゲームや本の消化にこの時期特有の被写体撮影。すべてやろうと思えば時間が足りないだろう。
「はいよ。仕方ないなあ。まあ期末考査を無事に乗り越えられないと私は追試と課題と補修でそれどころじゃないかもしれないけどね」
それはもれなく僕も含まれる大きな問題だった。僕とて優等生ではないから赤点を取ることもある。彼女は赤点すれすれを低空飛行しているらしい。僕の場合は教科によって落差が激しいからどっちもどっちといったところだろうか。
「そうだな・・・・・・それは僕も同じだ。去年は散々な目に遭ったからな」
「そうだったんだ」
去年の今頃はまだ知り合い程度だったからあまりお互いを知らなかった。だからお互いその当時のことは知らない。腕時計を見て17時になったところを確認した。
「じゃあ行くか。今日はいつもの公園に行くから着いてきてくれ」
「はーい」
再び自転車をこぎ始めたから10分ほど。大きな公園に着いた。駐輪場はないので広場の適当なところに駐輪した。人気のない公園なので盗まれる心配もない。時間帯的に子供の姿より不審者の姿の方が多くなりそうだが、その点は空の明るさが補ってくれるだろう。
「さて着いたからいつもの物を渡しておくよ」
そう言いながら大きめのリュックサックから一つの双眼鏡を取り出した。モスグリーン色の1kgくらいあるしっかりとした造りの双眼鏡だ。
「いつも思うけどこれ重いよね。それにかわいくないし」
確かにかわいくはない。軍用の双眼鏡を作っているメーカーの作った普及モデルで使いやすさより丈夫さが売りの物だ。
「これしかないから仕方がない。それに僕の使っている物はもっと重いだろう」
「そうかもしれないけど余裕があったらかわいいのを用意してほしい。そのカメラくらいかわいいやつをね」
「このカメラか。確かに小さくてかわいいがこれも機能性を重視した製品でな。ある程度の実用性を考えるとどうしても物というのはこうなってしまうと思うのだが。まあ検討しておこう」
最近は女性の購買層が厚いと聞く双眼鏡だ。多少はかわいさを売りにした双眼鏡もあるのではないだろうか。しかし女性が考える「かわいい」の定義が分からない。小さければかわいいのだろうか。
「さて。今が17時20分だ。今日の目的のイベントが始まるまであと25分もある。今から三脚を立ててカメラを準備しても仕方ないからそこのベンチで休憩しよう。この距離の移動は帰宅部の僕には堪える」
「そうだね。私もちょっと疲れちゃった」
寂れた公園の一区画に円形の広場があってそれを囲うようにベンチが配置されている。そこの一つに腰を掛けた。
「あれ、座らないのか」
彼女は私とある程度距離を取って立っていた。
「いや、何でもない。今更気にしてもね」
「よく分からんが、どうぞ」
僕の隣を指して座るように促した。確かに端から見たら怪しい人間がたむろしているようにしか見えないだろう。そういったことを警戒しているのかもしれない。
「まあどうせ人なんて来ないさ。来ても散歩している人が通り過ぎて行くだけだろう」
「そうね。そうだけど・・・・・」
どこかふに落ちない感じの答えが返ってきた。何か気に入らないことでもあったのだろうか。
「今日の目的はISS、International Space Stationなんだが」
「普通に国際宇宙ステーションって言えば良いじゃない。何でも英語で言えば良いってもんじゃないでしょ」
「そうかもな。あれ、実は6人の人が乗っているんだ。知っていたか?」
「知ってるけど。それがどうかしたの」
「いや、特に何かあるわけではないが。雑学だ。400km上空の軌道にあることも知ってる?」
「数字までは覚えてないけどかなり高いところを飛んでいるのは知ってるよ」
「そうか。そこまで知っていれば十分だな。ISS博士だ」
「どうでもいい称号をありがとう。そういうところオッサン臭いと思うよ」
「オッサンだと?まあ中学生の頃は高校生なんて全員オッサンに見えていたから否定はしない」
「開き直らないでよ。少しは若い感性を養って?」
若い感性。影響を受けやすいとか新しい物にすぐ飛びつくとかそういうところだろうか。僕はそういう意味での好奇心が少ないのかもしれない。「なら若い感性を分けてくれよ。そうしたらオッサンの相手をしないで済むぞ」
「分けられるようなものじゃないでしょ。分けられたら教諭なんかはすごく若くなると思うんだけど」
「外見でしか判断できないから分からないが案外精神的には若いのかもしれないぞ。課題を作るに当たって多少はユーザーのことを考えるだろうし。授業だって一緒だろうな」
「そう言われるとそうかも。じゃあ分けてあげる」
「ほう。どうやって?」
すると彼女は手を出してきた。犬だったら迷わず手を出してエサをねだるだろう。私も例に漏れず手を上に置いた。
「それではこれからおまじないをかけます。あなたはだんだん高校生になる・・・・・・」
「いや、もう身分的にどうしようもなく高校生なのだが。勝手に退学させるなよ」
「ね?若くなったでしょう」
「訳が分からん。魔女にでもなったつもりか」
「へへー。私は実は魔女だったのです」
彼女は屈託なく笑った。
「魔女ねえ。他にはどんな魔法が使えるんだ?」
「良い質問です。例えば今すぐこの双眼鏡をジャンクにすることができます」
「急にバイオレンスな展開になってきたな。もっとスピリチュアルなものかと思っていた。しかし残念ながら軍用に造られたそれは簡単には壊れないぞ」
「試してみる?」
「試さなくて良いからさっさと普通に戻ってくれ」
そんなくだらない会話をしていたらもう予定時刻になっていた。
「時間になった。じゃあ始めるか」
「始めると言ってもキョーちゃんが勝手に一人でするだけだけどね」
「そうならないように双眼鏡を持たせてるんだろ。まあ双眼鏡で見える物ではないが・・・・・・」
私は三脚を立ててその上に手のひら大のコンパクトデジタルカメラを据え付けた。広角の単焦点レンズを搭載したカメラで風景撮影に持ってこいの一台だ。
「そろそろ見えてくるんじゃないかな。予報だとあと数分・・・・・・」
「キョーちゃん、見えたよ!」
「了解。シャッターを切るよ」
このカメラはインターバル撮影ができるカメラで星空の光跡などを撮るのに使われるのだがISSを捉えるのにも使うことができる。写る絵は地味だがそれを見たあかしになる。仕組みは簡単でタイマーで何度もシャッターを切ってその写真を比較明合成して一枚の写真にするというものだ。光跡が線になって現れる。画角から外れたらカメラを停止させる。その間数分だった。次の撮影には移らない。あとは余韻を楽しむのだ。
「ああ、見えるな。あの光の中に6人もの人間が乗っていると思うと感慨深い」
双眼鏡で見たり肉眼で見たりを使い分けて二人で楽しむISS観測。これはこれで若さを享受しているのではないかと思った。歳を重ねて高校卒業、大学入学・・・・・・そのときまでこんなふうな時間を誰かと一緒に過ごせるだろうか。歳を取るほど好奇心が失われるしいろいろなことから新鮮みが失われていく。そして人間関係、人と人の距離感も自然と離れていく。そんな中で彼女と僕の関係はどう変わっていくのだろう。
「キョーちゃん。それじゃあ片付けて早くカフェでケーキ食べようよ。もちろんキョーちゃんのおごりで」
「はいはい。すぐに片付けるから待ってな」
たとえ変わったとしても今の僕らの関係は変わらない。未来にはないかもしれないが確かに今はあったのだ。過去に戻って改変することはできない。取り返しの付かない今を甘々な経験のために消費した。その事実はずっと変わらない。ずっと――。
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