美雨の刃(は)(脚本)

木谷日向子

第1話

〇美雨の家の前(夜)

   雨が降っている。

   玄関先で松元美冬(四十四)と立川聖一(二十五)が向かい合っている。

   美冬、うつむき加減で苦悶の表情を浮かべると、瞳に涙を溜め、右手で目

   頭を抑える。

美冬「先生……、あの子昨日の夕方から家に帰ってきてないんです。もう先生しか頼

 れる人がいなくて……どうかあの子を見つけてやってください。お願い致します」

   美冬、立川に向かって深く頭を下げる。

   うなじに手を置いてしばらく考え込む

   ような表情をした後、美冬に向かい薄 

   く微笑みを返す。

立川「わかりました。お母さん。どうか心配せずに。私が目ぼしいところを当たって

 何とか捜し出してみせますので、必ず」

   美冬、嗚咽を漏らす。

   立川、その顔をしばらく見つめた後、意を決したように空を見る。

〇東高根森林公園(夜)

   木々の葉を伝う雨の雫の音。

   濡れた土の上を歩く立川の泥で汚されたスニーカー。

   怒ったような表情で前だけを向いて歩く立川。

立川の心の声「まったくあいつは本当に勝手な奴だ。いつもそうだ。いつも。いつ

 も物事から逃げ続ける。いつも、いつも私から逃げるんだ」

   木陰の前で距離を置いて立ち止まる。

立川「……見つけた」

   木陰が揺れる。

   ずぶ濡れになった制服姿の松元美雨(17)が現れる。

   額に張り付いた前髪を右手でかき分けると、立川を認め睨みつける。

美雨「何しに来やがった。なんであんたがここにいる」

   瞳だけ憂えたまま黙って美雨を見つめる立川。

立川「こっちのセリフだ。何をしているんだ君は」

   仁王立ちになり睨みあう二人。

美雨「あんたには関係ねえだろ」

立川「関係あるだろうが。私は君の担任だ」

美雨「学校は学校。プライベートはプライベート。プライベートまであんたに口出し

 される筋合いはないね」

   美雨、ひねくれた笑顔を浮かべる。

立川「今日学校にも来ていなかったくせに。生意気な口を叩くな」

美雨「あぁ?」

   美雨、怒る。

立川「君のお母さんが心配していたぞ。親を心配させて、君の社会生活の居場所で

 ある学校の者も心配させて、一丁前のセリフを吐くな。このクソガキが」

美雨「……」

   立川を壮絶な表情で睨みつける。

美雨「あんたに何がわかる……」

立川「……」

   立川、ポーカーフェイスのままである

   美雨を見ている。

美雨「あんたにあたしの何がわかるってんだよ! あぁ!?」

  立川、自分のほほを触った後に唇を触り自分の手に付着した水滴を黙って見つ

  めている。

立川「何もわからない。君のことは何一つわからないね」

美雨「だったら教師面すんじゃねえって言ってんだよ!」

   立川の人差し指に付着した水滴が雲間から木漏れ日の陽にあたり一瞬きらめ

   く。

立川「確かにわからない、今は。でもわかろうと努力することはできる。だからこ

 こに来た」

   話している間は自分の指の水滴を静かに眺めていたが、終わる頃に顔をあげ

   て美雨の方を見る。

美雨「……」

   美雨、あっけに取られたような表情で立川を茫然と見る。

立川「わかっていないのは君の方だ。周囲の人間のことを何も考えていない。自分の

 中で完結している」

美雨「……」

   立川の方を見つめていた後、そのままの表情で足元に視線を落とす。

立川「何から逃げているんだ。勉強か。家か。……それとも私からか」

美雨「……」

   俯いた美雨の顔に濡れた前髪がかかり、表情が見れなくなる。

美雨「(小声)……あんただ。逃げているのはあんただ。あんたから逃げているん

 だ」

立川「……」

   立川は美雨の方をずっと見ている。

   美雨は立川から目を逸らしたまま足元に顔を俯けたままである。

   二人とも何も言葉を発しない時間が続く。

   雨音だけが流れている。

立川「私が好きなのか」

美雨「……」

立川「それは男としてか」

美雨「……」

立川「私が好きだから、私から逃げ続けるのか」

美雨「……」

立川「そうなんだな」

美雨「……自分から気障なこと言って恥ずかしくないのかよ」

   顔を伏せたまま皮肉に笑みを浮かべる

   美雨の口元。

美雨「そうだよ」

  無表情のままの虚ろな立川の瞳。

立川「……」

美雨「そうだよ。あんたが好きなんだ。だからもう学校にはいられない。家にも」

立川「……」

美雨「消えるしかねえだろうが。この感情ごと」

立川「……」

  雨音がより大きくなっていく。

  美雨、足元に顔を俯けたまま、上着の懐に入れる。

  振り切るように懐から手を出すとナイフが握られている。

  ナイフのカバーを外す。

  剥けた刃をゆっくりと立川に向ける。

美雨「近づくな」

立川「……」

美雨「それ以上近づいたら刺す」

   立川、無表情で美雨の向ける刃を見つめる。そして一歩足を前に踏み出す。

美雨「…おい!」

   立川、徐々に速度を上げながら美雨に近づいていく。

美雨「来るな……。来るんじゃねえ!」

立川「君はいつもそうだ。いつも私から逃げ続けるのだ」

   美雨のナイフの刃を右手で握る。

美雨「……!!」

   立川の右手から血が流れ落ちる。

美雨「あんた……!」

   恐れ慄く顔をする美雨。立川の右手の流れる血を見ている。

美雨「血が……」

立川「……ふざけんじゃねえってんだ、おい!」

美雨「……!」

   たじろぐ美雨。

立川「君は何もわかっていない! こんなナイフを私に向けて私がどうなるかとでも

 思ったのか? 凶器を自分の感情の発露として理解してもらおうと考えるなど、た

 だの逃げだ! こんな物で自分を守ろうとしなくても、誰かを傷つけようとしな

 くても、君は……君は……」

   立川、ナイフから右手を離すと、美雨を柔らかく抱きしめる。

   一瞬何が起きたかわからずに茫然とする美雨。

   立川の血塗られた手が美雨の背に回され、美雨の制服が血塗られていく。

美雨「……」

立川「……」

   震えだす美雨。

   立川、それを認めると更にきつく美雨を抱きしめる。

   雨に濡れる二人。

   雨音がただ流れ続けている。

   

〇立川の家の中(夜)

   淡いオレンジ色の明かりが灯る玄関。

   美雨に背を向ける形で玄関の上がり框を上がる立川。

   俯き、少し右下を見たまま黙っている美雨。

立川「今タオルを取ってくる。そこで待っていたまえ」

   部屋の奥に一人消える立川。

   美雨の濡れた髪から雫が落ちる。 

   顔を上げる。

美雨「……」

美雨の心の声「あの人、さっきは何だってあんなこと……」

   背中に手をまわし、ゆっくりと擦る。

   手のひらに付着した立川の血をじっと見ている。

   ふいに瞳が揺れると、涙で濡れていく。

   涙が両の瞳から零れる。

   その涙をぬぐおうともせずはらはらと落とし続ける。

   立川、玄関先に戻ってくる。右手には包帯が巻かれている。

立川「松元……」

美雨「あんた……何で」

   最後の一粒の涙を流しきると目線だけを上に上げ、立川を見る。

美雨「あたしにこんなに優しくしてくれるの?」

立川「……教師だからだ」

美雨「嘘」

立川「教師だという以外に君との関わりはない」

美雨「……」

   美雨、目線を下に逸らす。

美雨「あんたも……」

   消え入るような声で呟く。

美雨「あんたもあたしのこと想ってくれてるんじゃないの?」

   立川、美雨を見つめた後、視線を逸らす。

立川「……」

   上がり框を降りて美雨の元へ向かう。

   美雨、一瞬たじろぐ。

   手に持っていたタオルを美雨の頭にかける。

   ふいを付かれ驚く美雨。

立川「拭いてやる」

   美雨の頭を柔らかくタオルで擦るように拭く。

美雨「……」

   タオルで隠れる美雨の顔。口元だけが隙間から覗いている。

立川「拭き終わったら車で君の家まで送っていくよ。ご両親も心配している。明日は

 休んでもいいから、気持ちが落ち着いて整理できたら学校に来るように。いい

 な」

美雨の心の声「この夜のことも、いつかは過ぎ去って思い出の一つになってしまうん

 だろうか。この人のことを好きだった気持ちも、卒業して働いていく中で忘れて

 いってしまうんだろうか。こうやってタオルで頭を拭いてくれたことも、雨の中で

 ナイフを 握ってくれたことも……」

   タオルの中で深く目を閉じる美雨。

   急にタオルを拭く手を止め、美雨の顔をじっと見つめると、悲しい瞳を浮か

   べる。

立川「好きだ」

   タオルの中で目を見開く美雨。

立川「私も好きだ……君のことが」

   顔を上げる美雨、タオルの隙間から顔が覗く。

   立川、美雨のタオルを勢いよく取り払うと、美雨の背中で腕を回す。

   美雨の顔の前に立川の顔が重なる。

   美雨に口づける立川。

   長い間口づけを交わし、ふいに美雨を突き放し視線を逸らせる立川。

美雪「……先生!」

立川「すまない……どうかしていたようだ」

美雪「やめないで……」

立川「……松元……」

   美雨を抱き寄せる。

   美雨の鼻先と自分の鼻先を極限まで近づける。

   艶めいた吐息を吐くように呟く。

立川「君には……体罰が必要だ」

   美雨の頭を乱暴に引き寄せ、噛むように口付ける。

   苦し気に眉をしかめながら目を閉じている立川。

   一瞬その立川の表情を見つめた後、ゆっくり目を閉じる美雨。

   立川が一度唇を離すと、雷光が閃き二人を照らす。

   その雷光に照らされながら見つめあう立川と美雨。

   吐息が淡い白さを抱きながら光っている。


〇立川の部屋(夜)

   立川のベッドの上。

   布団もかけずに絡み合う立川と美雨。

   立川が上になり、美雨の唇を貪るように求め続ける。

   口づけたあとに糸を引くように粘着力を持ちながら唇と唇が離れていく。

立川「……はあ……はあ……(美雪と同時に)」

美雪「……はあ……はあ……(立川と同時に)」

   立川、美雨の額にかかった汗で濡れた前髪を包帯を巻いた右手でかきあげ

   る。

立川「……美雨」

   美雨、立川のことを下から純粋なまなざしで見つめている。

美雪「……先生……やっと、あたしのこと名前で呼んでくれたね。ずっとそう呼ん

 でほしかった。美雨って」

   立川、右手を美雨の前髪に置いたままゆっくりと鼻先と鼻先が触れ合う距離

   まで美雨に近づく。

   荒い吐息をお互いに吐きながらじっと見つめあう美雨と立川の眼。

   糸を切ったように立川が口づける。

   口づけながら美雨の胸に右手を置く。

   初めはゆっくりと、やがて激しく揉みしだいていく。

美雨「ん……く……」

   目を閉じながら苦悶の表情を浮かべる美雨。

   立川、その美雨の表情を静かに見つめている。額には汗を浮かべている。

   その右手を美雨の制服のリボンに手をかける。

   一瞬でリボンをほどく。

   美雨のシャツのボタンを両手で外していく。

   半分までボタンを外すと右手で右側のシャツをずらす。

   薄桃色のブラジャーが現れる。

   唇を美雨の首筋に這わせると、美雨が痙攣するように反応する。

   そのままの状態で手を美雨の胸元に当て、ブラジャーを外さないまま美雨の

   胸をブラジャーの外側へと出現させる。

   露わになった美雨の乳房に触れるか触れないかのギリギリの距離で手のひら

   を当て、ゆっくりと撫でる。

美雨「……っ!」

   声にならない声を上げる美雨。

   その撫でる動作を数十秒間続けていく。

美雨「……あっ……はっ……」

   ベッドのシーツを左手で掴み、体を動かさないように必死で耐えている。右

   手は頭の下にある枕を掴んでいる。

   舌だけで美雨の首筋に触れると、そのまま鎖骨、胸元、そして乳首へと這わ

   せていく。

美雨「先生……っ!」

   輪を描くように美雨の乳輪を舐めていく立川。

   台風の目である美雨の乳首まで到達すると、上下にゆっくり舐めていく。

美雨「…………っ!!」

   シーツが美雨の強い力でさらに引っ張られる。

   足をシーツにつけたまま動かす美雨。

   美雨の乳首を上下に動かすことに飽きたかのように、唐突に唇全体を付け、

   吸う。

美雨「はっ……!」

   大きく目を開ける美雨。

   そのまま蛇口の水を飲むように美雪の乳首を吸い続ける立川。

   立川の飼っている水槽の金魚が、水槽の壁に触れるか触れないかの距離まで

   泳ぐとUターンする。

   ふいに上半身を起こす立川。

   美雨のスカートのホックに手をかけ、ホックを外す。

   太ももから足先へとスカートを投げ捨てるかのように脱がす。

   美雨の薄桃色のパンティーに手をかける。

   美雨と目を合わせる。

   美雨のパンティーを脱がす。

   立川が影になって見えなくなっている美雨の局部。

   立川、自分のズボンのベルトに手をかける。

   ベルトを外そうとすると美雨の手が立川の手首に触れる。

美雨「先生……あたし初めてなの」

   立川、美雨を見つめる。立川の姿は窓から差し込んでいる月光の光を受けた

   雨の逆光で暗くなっている。

   ベルトをすべて外すと自分の腰に手をかける。


〇同・立川の部屋(夜)

   ベッドの上に座っている美雨。

   下はパンティーだけの状態で、シャツのボタンを上から閉めていく。

   立川、スーツを着た状態で窓の外から漏れる光を見ている。

立川「……晴れたな」

   ベッドのシーツに目を移す。

   シーツには少量の血の跡が残っている。

美雨「……やっぱ血って出るんだね……」

   立川に聞こえないようにぼそりと呟く美雨。

   それが聞こえたのか聞こえないのか目を閉じ薄ら笑いを浮かべる立川。

立川「月曜日は一緒に登校しよう」               

(了)








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美雨の刃(は)(脚本) 木谷日向子 @komobota705

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ