第26話 権八回想録 壱

 昼間、人々を明るく照らし続けていた太陽が地平線の向こう側へとかくれていき、あたりの景色もじょじょ々に薄暗くなりだした頃ーー


 人気ひとけのない街の裏路地を6人ほどの武装した集団が清水きよみずの方向へとまっすぐにけ続けていた。


 『武装した集団』とは言っても、武士が戦で着るようなよろいではなく、腹巻はらまきを身につけている程度の身軽な格好をした、ていに言えば『ぞく』と呼ばれる者の集まりである。

 その様子は、はなやかさ・きらびやかさなどというものとは縁遠えんどおい『いかにも』といった感じのあらあら々しさをまとっているように見えた。


 そんな彼らの先頭に立って目的地を目指す権八ごんぱちは、足を止めることもなく駆け続けながら心の中でポツリとつぶやく。


(どうして俺は今、こんなことをしているのだろうか)


 今更いまさらとは自覚じかくしていても、長く世話になり、心の中で少なからず恩を感じている人が切り盛りする店を襲撃しに行く今の自分に違和感をいだく権八は、まるでそんなおのれをもう1人の自分が別の場所から他人事ひとごとみたいにながめているかのような感覚を味わっていた。


 そんなふううわついた気分のまま、権八はやとぬしである八兵衛はちべえ反物屋たんものやへの道を急ぎつつ、まるで見えない何かに引き込まれていくかのように自然と、これまでの自分が用心棒ようじんぼうとしてあゆんできた人生に意識を向け始めていった。




 ー3年前・春ー


「さあお前達! 今日からウチの店で用心棒として働くことになった権八だよ。これから仲良くね!」


 応仁おうにんらんで家族をくし、ひとになった権八は、元々武器を手に取って戦う家柄いえがらの出であったこともあり、生活のためになかば転がり込むような形で八兵衛の店の用心棒になった。


 当時は八兵衛の店も始まったばかりで規模が小さく、用心棒も権八以外には3名ほどしかそろっていなかった。


「へえ〜、こいつが八兵衛の言っていた新入りですかい。なんていうか随分ずいぶん辛気しんきくさい顔していまさあ。八兵衛、ちゃんと役に立つんですかい?」


 八兵衛に紹介されて頭を下げた権八に、その3名の中から女遊びをよくしそうな軟派なんぱな印象の男が品定しなさだめをするような顔つきで声をかける。

 その時の権八は『正直しょうじきこの男にはあまり関わらない方が良さそうだ』と心の中で思いながら、その男をながめていた。


 そんな権八の気をよそに、八兵衛は文句もんくれるような調子で口を開いた男をたしなめる。


吉之介きちのすけ、せっかく入って来てくれた人に対してその口のきき方は無礼ぶれいでしょうが。気をつけるんだよ」


「へいへい、わるうございやしたよ。それじゃ権八、とりあえず俺について来てください。店の案内とここでの決まりを教えますんでね」


 どこかだるそうに言いながら、『吉之介』と呼ばれたその男は権八を自分達の持ち場へと連れていく。


 その後ろを付いていきながら権八は『これから俺は、そこでこの男にいびられでもするのではないか』と警戒して、軽く身構みがまえていた。

 だがその予想とは裏腹うらはらに、吉之介は一つ一つ丁寧ていねいに仕事を教え、最後には肩をポンポンとたたいて『まあ、分からんことがあったら、いつでも言ってくだせえや』とはげますような言葉をかけながら去っていった。


 そんな吉之介を呆気あっけに取られた顔で見送っていた権八は、しばらくしてわれに返ると、先程さきほど説明されたことを今一度いまいちど確認し、明日から本格的に始まる仕事の準備へと取りかっていった。




 八兵衛の反物屋たんものや用心棒ようじんぼうとして働くようになって1ヶ月くらいがぎた頃、権八はここで働く人々のことが何となく分かるようになって来ていた。


 まずは自分のやとぬしである八兵衛。彼は権八と同じく武士の家柄出身で、ある程度は武術の心得こころえを持っており、後でべる吉之介らとは旧知きゅうちの仲であったらしい。

 そこそこ裕福ゆうふくな環境で育ったからか鷹揚おうような性格をしており、新参しんざんの自分にも良くしてくれていた。


 吉之介以外の用心棒仲間も、武術家のわりには皆おおらかで、たまに全員で仕事終わりに飲み屋や遊郭ゆうかくに立ち寄ったりして、権八はひさしぶりに楽しい日々を送ることが出来ていた。


 そして吉之介。いつも女絡おんながらみのうわついた話しかしない男だったが、一応いちおう、店の用心棒達をまとめる立場にあるらしく、戦闘時の指揮しきはいつも彼がになっていた。


 その時の吉之介は、普段ふだんの時とは別人なのではないかと思うほど目覚めざましい活躍をしており、権八は彼がこの店で一目ひともく置かれてる理由にじょじょ々に納得がいくようになっていった。



 ある日のこと、たまたま非番ひばんの日がかさなっていた権八と吉之介は近くの川原かわらまで出向き、そこで武術の鍛錬たんれんおこなっていた。


 10mほどの間を空けて、それぞれ己の武器をした木刀をかまえて向かい合う。


 たがいに間合まあいをはかって、立ち位置をずらしながら時機じきうかがう中、ふと2人の間を吹き抜けていく一陣いちじんの風に巻き込まれた砂塵さじんが舞い上がり、少しだけ両者の視界が悪くなる。


 先に動いたのは、権八だった。


「セヤァッ!」


 するどい気合いと共に2本の短い木刀を、打ち込む間隔かんかくをずらしながら吉之介めがけてななめに振り下ろす。


 吉之介は権八の一太刀目ひとたちめをかがみ込んでくぐり、その時にめた下半身の力をバネにして、下から斬りあげるような形で二太刀目ふたたちめはじき返した。


 これによって権八の胸元むなもとすきが生まれ、吉之介はその好機こうきのがすまいと振り上げた木刀を手首で返して右肩辺りから斜めに斬り下げる。


 だが権八もここでやられるわけがなく、一歩後ろに退すさって回避かいひし、着地と同時に再び吉之介に向かって突進していった。



 2人が打ち合いを始めてから10数合すうごう


 大きく跳び上がって振り下ろす権八の2本の短刀たんとうを、吉之介は『フンッ!』というけ声と共に思いっきり弾き飛ばすと、完全に体勢をくずしている権八にすさまじいはやさで斬りかかる。


 権八も必死の思いでそれを防ごうとしたが間に合わず、手に持っていた短刀を全てたたき落とされて、気づけばおのれ眉間みけんに1本の木刀が突きつけられていた。


「勝負ありですぜ、権八」


 口元に八重歯やえばのぞかせながら吉之介が声をかける。その顔はいつものように得意気とくいげであり、何となくムカついた権八はねたような口調で言葉を返した。


「………次は負けないからな」


 その言葉を聞いてさらにみを深めていく吉之介は、木刀をしまい込み、転がっていた2本の木刀を拾い上げて権八に手渡すと、そのまま川のふちまであゆみ寄っていき、そこにどっかりと腰をえて川の流れをながめだした。


 それをだまって見ていた権八も、やがてあきらめたように『ふうっ……』と息をき出し、首を左右に振って気を取り直すと、吉之介の元へ歩いていき、彼にならうようにとなりに腰を下ろして川を眺める。



 そんな風にしばらくの間、2人は黙って川を見続けていたが、ふとひたいの汗をぬぐった吉之介がちらっと顔を権八の方へと向けておもむろに口を開いた。


「権八、この場所にはもう慣れましたかい?」


 吉之介の言葉に反応した権八は、一度声がした方に顔を向けて、その後再び川に視線を移しながら答えた。


「何とか。ここに来る前まで落ち着かない日々を送っていたものだったから、ようやく一息ひといきつけた気分だ」


「へえ、そいつは良かったことでさあ。それなら、これからはもっと本格的に、仕事に取り組んでいってもらいうとしますかね」


「えっ……? あれでまだじょくちだったのか?」


 まるではと豆鉄砲まめでっぽうを食らったような顔つきで急にこちらを向いてくる権八に、吉之介は『ぶっ!』と吹き出し、腹をかかえて笑いそうになるのを何とかおさえ込みながらつとめてました顔で深くうなずきながら答えた。


「もちろんでさあ。あまり俺達の仕事をめてかかっちゃあ、こまりますぜ」


 想定外そうていがいの事実に軽く衝撃しょうげきを受けた権八は、上体じょうたいを後ろにたおれ込ませながら『ははっ……、こりゃまいったな』と弱音のようなものをつぶやく。


 その様子を見た吉之介は、顔に苦笑いを浮かべながら、まだまだこれからの後輩をはげますような言葉を投げかけた。


「へへっ、中々いい感じの反応をしてくれますね。大丈夫でさあ。慣れていけば案外、そう大したことでもないと感じるはずですぜ」


 そう言って吉之介も権八にならうように仰向あおむけになって雲一つない青々とした空を眺める。


 権八は、かたわらで寝転んでいる吉之介を始め、自分に対して親身しんみになってくれる人々にかこまれた日々を送れていることに一掴ひとつかみの幸せを感じながら、こんな日常がこの先もずっと変わることなく続いていくものだと信じてうたがわなかった。

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異聞応仁録 絆ノ詩《キズナノウタ》 〜その日、傭兵は1人の"鬼"と共に歩むことにした〜 流れゆくモノ @Nagare_yukumono

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